アメリカザリガニ

世界最大の個体数と棲息エリアを持つ
赤い衣をまとった真の「King of Crayfish」



(撮影:佐倉ザリガニ研究所)

データファイル:「アメリカザリガニ」
種 別
データ
  項  目  
        概    容        
英 名
レッドスワンプ・クレイフィッシュ
学 名
Procambarus clarkii
成体の
平均的体長

11〜13センチ程度
性成熟期間
(繁殖が可能になるまでの期間)
12ヶ月(1-程度から)
成体の
平均的体色

濃赤褐色〜赤色、やや薄褐色など
自然棲息地
北アメリカ大陸東南部
ミシシッピ川水系一帯
人為移入地
北アメリカ大陸南部全域・スペインなどヨーロッパ南部・アフリカ・中近東・日本及び中国、朝鮮半島の一部・東南アジアの一部
購入時
データ
インボイス・ネーム
(商品名)

アメリカザリガニ
改良品種などの場合、ミシシッピー・スーパーホワイト、スーパーブルーなど

販売個体の状況
国産系採取個体中心・各サイズ流通
一部の体色改良個体については東南アジア産(BC)個体も流通

輸入・流通量
通年流通
流通量-多・流通頻度-多

販売個体の状態
コンディション-良好
弱化個体-増加傾向

飼 育
設 備
データ
用意すべき水槽
(成体を単独飼育する場合)
60×30×36以上
温度調節装置
(関東地区を基準)
ヒーター - 必要なし
クーラー - 必要なし

(セットしないことを推奨するものでありません)
送気・濾過装置
送気装置 - 複数種セットが望ましい
濾過装置 - 複数種セットが望ましい






ご存知、日本で最も有名なザリガニが本種ですが、それだけではなく、世界中で最も広い地域に導入され、生産されているという、まさに「King of Crayfish」とでもいうべきザリガニであると言っても過言ではありません。本種は、ミシシッピ川流域、北アメリカ東南部一帯(キーパーや一部のショップ間で「Crawfish Area」などと呼ばれるエリアの南部周辺一帯)を基本的な原棲息地としますが、ルイジアナ州近辺を中心に古くから養殖され、食用として親しまれてきました。また、アメリカ国内のみならず、古くからザリガニを食べる習慣を持つヨーロッパのうち、気候の温暖なスペインなど一部地域や、ヨーロッパに供給するために生産するアフリカ、中近東諸地域などへも導入され、現在でも盛んに養殖されています。最近では、アジア、特に中国での生産が著しく、韓国などでも少しずつ見られるようになりました。地理的な都合で海産エビ類などが養殖できない内陸地域においては、非常に有効な水産資源として注目されつつあり、養殖対象種としての導入地域拡大は、今後もさらに続くものと思われます。
このように本種が勢力を拡大するのは、a.成長が早く生産コストが低い b.強健で粗放状態の生産施設でもそこそこの収量が確保でき、長時間輸送などにも耐え得る c.常に安定した需要量があり、販路も確立されている ということなどが挙げられます。地の体色が赤い・・・というだけでなく、茹で色もいいことから、欧米の料理業界ではヤビーなどよりも好意的に迎えられている・・・ということを指摘する料理関係者もいます。確かに、実際に調理してみると、ヤビーよりも濃い茹で色に仕上がるのが普通で、フランス料理食材「エクルビス」としては、ヤビーやウチダ以上に使用頻度が高いようです。
日本へは昭和2(1927)年5月12日、ウシガエルの餌として神奈川県大船(現在の神奈川県鎌倉市岩瀬)の養殖施設に約20匹が初めて持ち込まれました。アメリカから出荷されたのは約100匹でしたが、郵船・大洋丸による長い太平洋航海の期間中に大半が死んでしまったため、これだけの匹数しか持ち込まれなかったのが実情です。その後、大雨などで養殖施設から逃げ出した個体が水田や河川などで増え、戦後には関東以南の本州各地で見られるようになりました。その後、昭和30年代には四国・九州などにも勢力を広げ、現在では北海道の一部でも確認されています。人間が食べるためではない形で持ち込まれ、ここまで広く棲息するようになった事例は極めて稀であるといえましょう。最近のイレギュラーな輸入例は別として考えますと、日本にアメリカザリガニが持ち込まれたのは、昭和2年の1回きりであるというのが定説ですから、現在、日本各地に棲息しているアメリカザリガニの大多数は、実に、この時の20匹を祖先にしている・・・ということになります。
なお、本種の日本導入年を「昭和5年」としている書籍などを見掛けますが、上記にもありますように、昭和2年が正解です。これは、輸入を手掛けられた河野芳之助氏の記憶違いが、そのまま当時の研究文献に載せられてしまったためで、その後の追跡調査により、河野芳之助氏が渡米し、本種を持ち込んだのは「昭和2年が正しい」ということがすでに証明され、論文で発表されています。これを証明する論文自体は、かなり以前に発表されているのですが、現在でも「昭和5年」と書く本が見受けられるのは、筆者か編者の方が古い方の文献を参考にしたか、あるいは充分な調査をせずに、出ている文献内容をそのまま丸写ししたかのいずれかだと思われます。
本種といえば、その赤いボディーが印象的で、その馴染み深さから「ザリガニ=赤」あるいは「甲殻類=赤」という概念をお持ちになってしまっている方も多くいらっしゃいますが、少なくともザリガニ類で見る場合、むしろ赤い体色は極めて少数派であり、日本人が珍しがる青色、または緑褐色系の体色を持つ種類の方が圧倒的に多いものです。また、一部の地域では、成体で特に赤が鮮やかに出ている個体のことを「まっかちん」「まっかっき」などと呼んで区別する場合がありますが、当然、別種ではありません。
赤系の体色だけでなく、本種には白・青・オレンジ・白ヒゲなど、いくつかのカラー・バリエーションがあり、それぞれ根強い人気を誇っていますが、その登場過程を見ると、A「個体群型」B「突然変異(繁殖変異)型」C「一時出現型」D「体色操作型」の大きく4パターンに分けることができます。
まず最初のA「個体群型」は、元々、自然下でその体色の個体群が見られたケースで、青や白ヒゲなどがこれに該当します。諸般の事情により、各々の棲息地は公表できませんが、実際にその場所に行ってみますと、そうした体色の個体ばかりが見られることになります。JCC会員の中にも、青個体棲息域のすぐ近くに住んでいた方がいらっしゃいますが、その方の言によれば「中・高生になって写真などを見るまで、アメリカザリガニといえば、青い生き物だとばかり思っていた」ということですので、少なくともその棲息域には、それだけ数多く、当たり前のように棲息しているのだといえましょう。他の体色個体と交配しない限り、基本的に体色はそのまま遺伝します。サワガニにおける地域ごとの体色変移と非常に似通っていると考えてよいでしょうか。写真はAパターンの青個体ですが、青個体の場合、体色の濃淡が個体によって大きく左右されるため、パッと見ただけでは後述のCパターン個体と判別が難しい場合があります。
次のB「突然変異(繁殖変異)型」は、捕獲時または繁殖時に偶然発現した個体を固定したケースで、ベタ赤(オレンジ、スーパーレッドなど)がこれに該当します。本種の場合、観賞用や冬場の観賞魚飼料用として繁殖させたり、定期的に捕獲されている場合があり、こういうところで発見し、選り抜かれた個体が、独自のカラーバリエーション個体として生産されるようになる場合が大半です。大抵の個体がその特徴を維持しながら遺伝して行きますが、時折、ノーマルな体色の仔が出てしまう場合がありますので、孵化後のチェックは必要です。
さらに、C「一時出現型」は、稚ザリ期や亜成体期、もしくは脱皮・越冬前後などといった体色の不安定期における微妙な体色のズレを「特殊体色」として付加価値化してしまうケースです。あくまで一時的な体色の変化であり、恒常的なものではありません。諸般の問題もありますので、具体的な名称や例などは避けますが、偶然出てきた個体に奇抜なネーミングをつけ、高価で販売されるというケースも残念ながらゼロではありません。一時的にせよ体色が珍しい色に変化することがある以上、こういう状況が起こり得るのは仕方ないことですし、大半は、生産関係者の知識不足によるものですので、すべてのケースを批判することは不適切ですが、次の繁殖で体色情報が仔に伝わらない可能性は限りなく高く、脱皮や越冬などを境に、体色が通常色に戻ってしまう場合もあります。さらに、亜成体期の個体の場合ですと、それこそ「脱皮も何もしていないのに、3週間経ったら色が元に戻っちゃった」などという場合もよくあります。
最後のD「体色操作型」ですが、これは、餌や環境変化、さらにはある種の「特殊作用」を講じることで、意図的に体色を変えてしまおうというものです。ビタミンA成分を抜いた餌のみを与え続けることで、体色を白くするという技法がその代表的なものですが、それ以外にもいくつかの方法が知られており、偶然、必然を問わず、このようにして発現した体色を「特殊体色」として高付加価値化し、非常に高い値段で販売しているケースもあるようです。確かに、珍しい体色を見せる場合もありますが、自然な状況下での体色変化でないことは間違いないため、個体へ負担が掛かり、繁殖障害や突然死、衰弱死などが起こる事例も非常に多く聞かれます。個体本位で飼育して行きたいとのお考えであれば、必ずしも望ましい飼育方法、飼育状況ではないといえましょう。
なお、改良品種のエースである「白ザリ」こと白色個体ですが、こちらは餌による変色個体を除けば、AとBの中間的な性格を持っているといえましょう。白色個体自体は、かなり以前から多数の報告がなされていますが、現在、観賞魚業界で流れている白ザリは、その大半が昭和63年、千葉県内のある養鯉池から池揚げされた12匹の個体を源流とします。発見された養鯉業者さんが非常に丁寧な繁殖作業をなされたため、最初のころはかなり上質の個体が出回っていましたが、市中に出た後、「にわかブリーダー」による安易な繁殖の繰り返しで、すっかり脆弱な体形になってしまいました。一部の輸入業者によって東南アジアから安価なブリード個体が入るようになり、国内ブリーダーで生産から撤退する人が出始めたことも、その理由の1つではありますが、ひと口に「掛け戻し」ブリードといっても、かなりいい加減な方法が採られているケースも少なくはなく、現在でも往時の体形を維持した個体を安定生産しているブリーダーは、ほんの2〜3人しかいないのが実情です。





世界に棲息するザリガニ各種の中でも最強健の部類に入るのが本種ですから、その飼育に関して特筆すべきものはなく、様々な種に関して語られる「飼育の基本」をクリアしてさえいれば、誰でも長期飼育から繁殖へと歩みを進めることができます。ただ「基本=容易」というわけではなく、この部分を履き違えた結果、越冬すらロクにできない場合もありますので、その点だけは充分に考えなければなりません。本種の寿命は5〜6年といわれていますが、稚ザリから5年以上育てた実績を持つキーパーとなると、JCCでもごく一部であろうと思われます。「ヤビーやアメザリを極めずして、難関種を語るなかれ」とは、まさにその通りの話だと言えましょう。
そうなると、この項では、本種の飼育方法というよりも、ザリガニ飼育の最もオーソドックスな形・・・ということになりますが、これについては、すでに別ページの記事で充分説明してありますので、そういう基本部分でなく、ある程度それをクリアした上での注意点をいくつかご紹介します。
アメリカザリガニの場合、飼育の基本さえ踏み外さなければ、通常の環境で簡単に死ぬことはありません。ということは「中途半端な飼育状況下で死んでしまうケースは逆に少ない」ことを意味します。つまり、アメリカザリガニが死ぬケースは、大きく「基本的な飼育環境が用意されていない場合」と「通常の飼育環境や技術では対応できない高レベルな問題」とに二分されることになりましょう。前者については基本的な飼育方法のコーナーをご覧いただくとして、後者での事例を考えてみます。
佐倉での事例や、他のキーパーのみなさんからの事例報告を分析してみますと、やはり問題が出やすくなってくるのは、高齢の大型個体が中心になってきます。これは(ヤビーなど別種のザリガニの場合にも似たようなことが言えますが)、基本的な代謝能力や脱皮頻度などが落ちていることなども原因として挙げられますが、体型や甲殻が大きいことに由来する悪化の対象範囲(欠損や病変など)が広いことも見逃すことはできません。稚ザリや亜成体などであれば「サラッと脱がしてクリア」というようなものでも、大型個体の場合はひと仕事になるわけです。身体が大きい分、脱皮失敗の比率も高いですし、エネルギーも莫大なものとなります。些細なバーンスポットを見逃していたばかりに、あっという間に癒着して手遅れになる・・・などというケースは枚挙にいとまありません。その点で、大型個体の飼育は、それなりの外産種よりも気をつかう必要がありましょう。アメリカザリガニの場合も、3歳以上、大きさでいえば12〜3センチ級の個体をトラブルなく越冬、脱皮させられるかどうかで、長期飼育の可否が決まってきます。
こうした大型個体を飼育するためにクリアすべき最大のポイントは「汚れのない綺麗な水と底床」と「個体に負担の掛からない静かな環境」を両立させなければならない・・・ということです。水や底床部を常に清潔に保つためには、充分な濾過と換水、そして底床クリーニングが必要ですし、静かな環境を保つためには、絶対に水を躍らせないように配慮する必要があります。綺麗に、でも澱みなく・・・。ここでのサジ加減が飼育の明暗を分ける・・・ということになりましょうか? 事前に水槽内での水の流れを読み、躍らされることなくしっかりと身体を休めるエリアを確実に作ることが大切です。そして、やり過ぎない範囲で、そうした箇所のクリーニングを欠かさないことも大切です。特に植木鉢や塩ビ管など、汚れの状況が掌握しづらい場合には、一定間隔をおいて月に一度くらいは徹底クリーニングを怠らないようにします。
なお、稚ザリから育てるのではなく、大型個体をいきなり購入してきて飼育を始めよう・・・という場合ですが、前述のような理由からバーンスポットなどのある個体の場合、充分な長期飼育ができないどころか、徐々に衰弱していって最期を看取るだけ・・・という厳しいケースにぶつかる可能性もゼロではありません。購入を決めたら、できるだけ早めに自分の水槽へ導入するとともに、購入時の徹底チェックを忘れないようにしましょう。特に、餌用などとしてストックされている大型個体の場合、その劣悪なストック環境によって、相当重篤な状況になっているケースもありますから、余計に注意が必要です。