ニホンザリガニ

唯一無二の「ニッポン代表」は
誤解と無理解の中で絶滅の危機に瀕する!



(撮影:佐倉ザリガニ研究所)

データファイル:「ニホンザリガニ」
種 別
データ
  項  目  
        概    容        
英 名
ジャパニーズ・クレイフィッシュ
(ただし、欧米圏の観賞魚ルートにはほとんど乗っていないため、インボイス的な呼称はありません)
学 名
Cambaroides japonicus
成体の
平均的体長

5〜6センチ程度
性成熟期間
(繁殖が可能になるまでの期間)
約5年(自然下棲息の場合)
成体の
平均的体色

濃茶褐色〜明赤褐色、濃緑褐色・青色など
自然棲息地
日本
北海道・東北地方北部(青森・秋田・岩手各県の一部)
人為移入地
ありません
東北地方の棲息地には移入説もありますが現段階では証明されていません
購入時
データ
インボイス・ネーム
(商品名)

ニホンザリガニ
販売個体の状況
北海道地区捕獲(WC)個体中心
成体主流

輸入・流通量
春から秋にかけて流通
流通量-多・流通頻度-時期的なムラ大

販売個体の状態
コンディション-まちまち
弱化個体-なし

本種は絶滅危惧種です。安易な姿勢での購入は絶対にやめましょう
飼 育
設 備
データ
用意すべき水槽
(成体を単独飼育する場合)
45×30×30以上
温度調節装置
(関東地区を基準)
ヒーター - 必要なし
クーラー - 必須

(セットしないことを推奨するものでありません)
送気・濾過装置
送気装置 - 複数種セットが望ましい
濾過装置 - 複数種セットが望ましい






ご存知の方も多いとは思いますが、本種は、唯一の日本固有のザリガニです。ザリガニ類の中では小型のグループに属し、全長4センチ程度の個体は立派な成体です。過去の記録では、10センチを超える個体も見られましたが、現在では5センチ以上の個体ともなりますと、各々の棲息地でも、かなり数が少なくなってしまっています。東北地方北部から北海道にかけて棲息し、奥尻島・礼文島などの離島でも棲息していることが知られています。平成10(1998)年には水産庁の「日本の希少な水生生物に関するデータブック」で危急種に、平成12(2000)年4月には環境庁(現環境省)のレッドデータ・ブックで絶滅危惧2類(絶滅の危険が増大している種)にそれぞれ指定され、その他、各地における保護指定や天然記念物指定などと合わせ、いわゆる「レッドリスト記載」扱いとなっています。こうした行政サイドのバックアップもあり、徐々にではありますが、現地でも保護活動が立ち上がり始めています。
本種は湧水のある極めて清澄な水系を主な棲息域とし、こうした環境が保持できている湖沼などでも、その姿を見ることができます。棲息環境が守られている水系では、比較的簡単に姿を見つけることができますので「こんなに簡単に見つかるのに、それでも絶滅危惧種なのか?」という地元の方の声を聞く場合もありますが、棲息環境への依存度が極めて高く、周辺環境(特に植物を含めた生態のバランス)が崩れると、あっという間に姿を消してしまい、二度とその棲息域では姿を見られなくなってしまいます。このような形で、毎年、棲息地まるごと絶滅する水系が続出しているため、全体としてかなり危機的な状況に陥っているわけです。 本種は、自然下ですと性成熟まで5年を有し、しかも繁殖活動は年1回が基本で、産卵数も50個程度が一般的です。アメリカザリガニやヤビーなどは、1年前後で性成熟し、気候や環境によっては複数繁殖もでき、産卵数も小さい個体で200個程度、大きい個体になると800〜1000個にも及びますから、繁殖力の差は歴然としています。減少した個体数の回復が非常に難しいのは、こうした原因も挙げることができましょう。本種のメスは、秋に交尾してオスから精包を受け取り、翌春に産卵、孵化させますが、こうした状況から、精包付着個体・抱卵個体などの捕獲は厳に慎みたいところです。本種の寿命は、概ね10年程度であろうと考えられています。
本種の近縁には、チョウセンザリガニCambaroides similis、マンシュウザリガニC. dauricus、シュレンクザリガニC. shrenkiiの3種がありますが、いずれもアジア大陸東部に限産しており、しかも棲息地が互いに隔離していることから、生物学的に見ても、どちらかといえば衰退傾向にあるグループであるといえましょう。
本種の危機的状況が話題に上る時、一部では「アメリカザリガニの移入と棲息域拡大によって棲息域を奪われ、徐々に棲息地と棲息個体数を減らして行った」と語られることがあり、この説で行くと、さしづめ「アメザリが乗り込んできて、ニチザリを駆逐した」という構図ができあがりますが、これは事実ではありません。元々、ニホンザリガニとアメリカザリガニとは棲息環境が全く異なりますので、ニホンザリガニが好んで棲息する環境ですと、アメリカザリガニは逆に充分な活動ができないのです。むしろ、同じ移入種でも、北海道に棲息しているウチダザリガニの方がニホンザリガニとの接点が多く、ウチダザリガニの捕獲調査によって、胃中からニホンザリガニが見つかった記録があるなど、ウチダザリガニがニホンザリガニの棲息域に侵入した場合、ニホンザリガニを捕食し、壊滅的なダメージを与える可能性は充分あります。確実なデータは取れていませんが、ウチダザリガニが持ち込んだ病気によってニホンザリガニが壊滅したという説もあります。実際、棲息環境の重なる湖沼域での影響は深刻で、ウチダザリガニの移入によってニホンザリガニが絶滅した湖沼が数多く存在しています。ウチダザリガニの勢力拡大が著しい道東から道央に掛けての地域では、この拡大と反比例する形で、姿を消す地域が増えており、今後が心配されています。
また、ニホンザリガニの大きさや体色が、アメリカザリガニの稚ザリと多少似ているため、アメリカザリガニの稚ザリをニホンザリガニと間違えてしまうケースも少なくありません。民間ボランティア調査員の協力などにより全国的な動植物調査が行なわれたりしますと、関東以南の津々浦々の水路や池、沼などからニホンザリガニの棲息が確認されたり、「私は宮崎に住んでいますが、先日、河口近くの水路でニホンザリガニを見つけました。貴重だそうですが、売ったら幾らになりますか?」などというメールが来てしまうという珍現象が起こってしまいます。確かに、ザリガニがよほど好きでないと両者の見分けは難しい部分もありますが、もちろんこれらは99.99%アメリカザリガニであり、ニホンザリガニではありません。ウチダザリガニを含め、一時的にせよ国内棲息の全種が褐色の体色を見せるものですが、額角部分の形状などを見比べれば、見分けは簡単につくものです。現在、棲息環境の保全と同時に再生産、個体増殖の研究なども続けられており、水槽下における小規模な繁殖事例はかなり増えてきていますが、大々的な養殖理論は確立しておらず、養殖施設なども立ち上がってはおりません。観賞魚ルートの一部では「この個体は捕獲したのではなく養殖したものなので、自然破壊とは関係ない」という説明をして大規模に出荷・販売されているケースも耳にしますが、せいぜい持ち腹を孵した程度が関の山で、とても「養殖」とは程遠いのが実際のところでしょう。毎年秋になると、一部の特定ペット関連業者及び関係する人間があちこちの棲息地で個体を捕獲しているという情報も入っており、非常に嘆かわしいことでもあります。
地域の人々と本種とのつながりは非常に古く、食用や薬用としての記録は江戸時代の文献からも見つけることができます。特に胃石は、良質のカルシウム成分であることからか、漢方原材料として重宝され、その効能はシーボルトによってヨーロッパにも紹介されたほどでした。
なお、本種については、今後の研究動向如何により、生物学上劇的な大変化が起こるかも知れません。





個体も小さく、また、頻繁に動き回る性質を持ったものでもありませんので、適切な水質と水温が維持できる環境であれば、大きな水槽などを用意する必要はありません。ただ、ひと口に「適切な水質と水温」といっても、実際のところこれが大変なクセモノで、これを人工的に維持するためには、かなり本格的かつ大掛かり設備が必要になると考えてよいでしょう。
本種の棲息域から類推すると「水温は低ければ低いほどよい」というようなイメージを持ちがちですが、現地調査をしてみるとわかる通り、一般的に年間を通して枯れることのない湧水地付近が多いので、適正水温レンジは意外と狭く、水槽における長期飼育では、この点が一番ネックになると考えてよいでしょう。確かに現地では、真冬などの場合、気温が零下何十度になることもあり、そこまで下がれば、当然、表面上は完全に結氷しますが、この時期、個体は巣穴を掘って退避しているか、あるいは外気に関係なく結氷しない湧水箇所付近の転石下などに移っているものなので、氷温に近い水温に対して長時間適応できるか・・・となると、必ずしもそうは断言できない可能性もあります。実際、1ケタ前半の水温をあまり長期間続けてしまうと、かなり弱ってしまう場合もあります。もちろん、高水温に弱いことは申し上げるまでもなく、原則として夏場でも20度を絶対に超えない環境を用意してあげなくてはいけません。東北地方南部以南にお住まいの方が飼育する場合には、夏場、20度以下をキープできる冷却装置を用意することが絶対条件となりますが、これだけの容量を持った装置となりますと、かなり高価なものとなります。現在主に流通している個体は、全長5センチ程度の成体がほとんどですので、相応の体力もあり、一時的であれば20度以上の高水温でも耐えてくれることはできますが、どんな元気な個体であっても、水温が高すぎる環境下におけば、確実にコンディションを悪化させ、遅かれ早かれ、死に至ります。高過ぎず、低過ぎず、個体の成体と状況に合わせた細かい水温管理を心掛けましょう。
水質については、比較的幅広いレンジで対応できるようですが、中性から多少弱アルカリ気味の水質で、なおかつ汚れがなく、富栄養化されていない水質を維持する必要があります。見た目では綺麗でも、水自体が傷んでしまっているケースの場合、個体は急速に弱ってしまいますので、濾過能力は水槽比で2ランク以上高性能なものを選ぶようにします。もちろん、濾過能力を引き上げることで流量が必要以上に上がり、水が躍るような状況になってはいけませんので、注意が必要です。硬度面では、棲息地によってかなり開きがありますので、一般的なザリガニと同程度の適応能力があると考えてよいでしょう。いずれにしても、個体の販売価格から考えれば、軽く30倍を超えるであろう金額を設備購入価格として投資する必要があります。また、換水や底床クリーニングなど、他種よりもマメに行う必要もあります。金銭的にも労力的にも、こうした部分まで確実にフォローできる状態でなければ、本種を長期間飼育できるものではありません。
水槽内のレイアウトについては、特に「これでなければならない」というものはありませんが、巣穴を掘らせてあげることができない分、自由に退避エリアを選択し、あるいは活動できるレイアウト組みをしてあげると良いようです。流木やレンガなどを上手に組み合わせながら、しっかりした性格付けをしてあげましょう。
餌については、比較的選り好みせず食べてくれますが、単一投餌での拒食事例は他種に比べると比較的多く聞かれます。個体の大きさを考えれば、必然的に餌の消費ペースは遅くなりますので、人工飼料などの場合は保管方法に充分注意しないと、腐敗やカビなど餌の品質低下を招いてしまいますので注意しましょう。自然下では、主として落葉などを食べていますが、動物性栄養物も捕食しています。飼育下でも、満遍なく栄養を供給するようにしますが、蛋白質の過供給は控えた方がよいでしょう。
シェルターと餌とを兼ねて枯葉を常時投入するケースがあり、それ自体は決して悪いわけではありませんが、単に枯れているだけの葉の状態では、餌として認識してもらえないこともあります。餌という側面から考えるのであれば、かなり強めに漬け込むか、あるいは発酵が進んで半ば腐葉土化したような葉を用いた方がよいでしょう。使い方を誤らなければ、ピートの活用も有効です。なお、ある特定樹種の枯葉を用いたり、あるいは植樹したりすると、途端に個体が死んでしまう・・・という説が語られる場合があります。科学的な裏打ちは取れていませんので、ここでの樹種名掲載などは差し控えますが、別のザリガニでも、特定の樹木に対して非常に脆いものがあるなどといった事例は耳にしますので、状況の推移に注目したいと思います。





本種は安易な姿勢で飼育すべき種ではありません!

当コーナーでの情報提供形式に準じ、飼育方法に関する説明も掲載しましたが、当ホームページ管理者及び佐倉ザリガニ研究所は、安易な姿勢での本種の飼育を奨励しません。どうしても飼育したいという意思をお持ちの方に関しましては、数あるザリガニ飼育の片手間に行なうのではなく、飼育に必要とされるすべての機材・設備をご用意いただいた上で飼育をお始めになりますことを、強くお願い申し上げます。また、飼育上での知見や技術、経過などにつきましては、何らかの形で研究現場へと還元できるよう、積極的な情報発信や提供をお願い申し上げます(当サイトへお寄せいただいても結構ですし、必要であれば、情報を受け付けている公的研究機関をご紹介いたします)。不本意にも津軽海峡を渡らざるを得なかった個体たちの命が無為にならないことを衷心よりお祈りするとともに、一人一人の飼育が、ニホンザリガニの保護に貢献できるよう、高い志で臨まれますことを、伏してお願い申し上げます。