ナロウクロウド・クレイフィッシュ

斬新さと繊細さが同居した、欧州の香り漂う
独特な雰囲気とお洒落なフォルムが、キーパーの心を奪う



(撮影:佐倉ザリガニ研究所)

データファイル:「ナロウクロウド・クレイフィッシュ」
種 別
データ
  項  目  
        概    容        
英 名
ナロウクロウド・クレイフィッシュ
ロングクロウド・クレイフィッシュ
ガルシアン・クレイフィッシュ
スワンプ・クレイフィッシュ など
学 名
Astacus leptodactylus
成体の
平均的体長

17〜20センチ程度
性成熟期間
(繁殖が可能になるまでの期間)
24ヶ月(2+程度から)
成体の
平均的体色

明茶褐色・薄灰褐色
その他、棲息域によってかなり大きな違いが見られます

自然棲息地
ヨーロッパ中〜南東部地域
地中海沿岸地域山岳部・東ヨーロッパ・西中近東内陸部
人為移入地
ヨーロッパ北部及び中〜西南部地域・中近東北部
イギリス・ドイツ・オランダ及びイベリア半島の一部
イラン・アルメニアなど中近東諸国の一部 など
自然棲息と人為移入の境界が多少複雑になっています

購入時
データ
インボイス・ネーム
(商品名)

英名の他にスパニッシュロブスター、ターキッシュロブスター、
ヨーロピアン・ロブスターなど

販売個体の状況
輸入個体中心
捕獲・食用養殖個体・成体主流

輸入・流通量
不定期流通
流通量-少・流通頻度-ムラあり

販売個体の状態
コンディション-まちまち
弱化個体-少

飼 育
設 備
データ
用意すべき水槽
(成体を単独飼育する場合)
60×45×45以上
温度調節装置
(関東地区を基準)
ヒーター - 必要なし
クーラー - 必要あり

(セットしないことを推奨するものでありません)
送気・濾過装置
送気装置 - 複数種セットが望ましい
濾過装置 - 複数種セットが望ましい






本種は、ヨーロッパ原産のアスタシダエ科ザリの中でも、ノーブル・クレイフィッシュ(Astacus astacus)と双璧をなす有名な中型種で、食用としても非常に古い歴史を持つ、ヨーロッパの人々にとっては馴染み深いザリガニの1つです。元々の棲息域がノーブルよりも南に位置するためか、水温などについてはノーブルと比較すると適応能力が若干高いようで、ノーブルを始めとしたヨーロッパ原産他種と比較すると、食用のための移入や養殖なども、かなり古い時代から積極的に行われてきました。このため、本種については地方ごとに様々な呼び方があり、これが、輸入ごとに異なるインボイスが付けられてきたり、英名が非常に多彩になっている大きな理由の一つです。こうした現象は名前だけに限らず、原産国や飼育方法などに関する情報などが輸入機会ごとに全く違ってしまうのも、こういう背景によるものと考えてよいでしょう。今回、便宜的に「ナロウクロウド」の名称を使いましたが、実際、キーパー間で名前を呼び合う時には、そのほとんどのケースで「レプトダクティルス」または「ターキッシュ」の呼び名が使われているようです。なお、本種を指す名称の1つに「スパニッシュ・ロブスター」というものがありますが、現在、スペインにおいて最も盛んに養殖され、高い生産量を誇っているのは、本種でなくアメリカザリガニ(Procambarus clarkii)です。イベリア半島では、非常に多くの水系でザリガニかび病が発生し、多くの在来種が絶滅または壊滅状態に追い込まれていますので、本種を始めとした在来種が生き残る水系は、かなり少なくなってしまっているのが実情です。
本種は、食用としての養殖や捕獲が盛んである反面、観賞用としての養殖などはほとんど行われていないため、実際に輸入され、ショップなどで販売されている個体は、その大半が、元来、食用として捕獲または養殖されたものであるようです。また、アメリカザリガニやヤビーなどといった強健種と比較して、稚ザリの輸送耐性が低いのも実情です。そのため、日本で実際に入手できるのは、大半が食用出荷サイズまで育った成体であり、持ち腹孵化などの特殊なケースを除くと、稚ザリや当歳個体の流通は非常に稀であるといえましょう。ちなみに、本種については、ノーブル同様、植物防疫法による輸入許可種に指定されています。
本種は、その名前にも用いられている通り、非常に細長く、シャープなハサミを持っており、この特徴でもって他種と判別するケースがほとんどですが、オスの成体になりますと、中には非常に横幅のある、ヘラのようなハサミを持つ個体も多く出てきますので、一概に「細長いから」という観点だけでは見極められない部分もあるものです。ノーブルやその他のヨーロッパ原産ザリとは、細長いということ以外にも、ハサミの形状に基本的な相違点がいくつもありますので、そういう部分をよく知っておくことが大切だといえます。
ハサミ以外の体形的特徴としては、意外と見過ごされがちなのですが、頭胸甲部全体を覆うスモール・スパイン(小棘)が挙げられましょう。スパインとはいっても、本種のそれはマダガスカルオニザリガニほど大きくはないですし、ユーアスタクス系諸種ほど鋭利なものでもないものですが、右の写真で確認できる通り、ヨーロッパ原産諸種の中では、比較的ハッキリと出てくる方ですので、棘っぽい個体を好むキーパーさんにとっては、非常に魅力的なポイントであることは間違いありません。同じアスタシダエ科に属するシグナル・クレイフィッシュなどと全般的な体形はよく似ていますが、こういう部分では大きな違いを見て取ることができましょう。
本種は、成長すると全長が17〜20センチ近くまで育ちますので、ヨーロッパ系のザリガニでは最も大きいグループに入ります。ノーブルも、これに準ずるサイズの個体が発見された記録はあるのですが、現状では10センチ前後の個体が大半です。こうした事実は、種としての本質的特徴もさることながら、現存棲息数や棲息エリア数の違いが少なからず影響していることは間違いありません。
本種は、初輸入の段階から様々な体色の個体が紹介されたため「多彩なカラー・バリエーションを持つザリ」という印象が強いようですが、実際には、褐色の濃さと、それに対して青色系が乗ってくるかどうか・・・の違いだけですので、現実的な問題として「多彩」と表現するほど、様々なバリエーションがあるわけではありません。ザリガニに限らず、甲殻類の場合、青色自体は比較的よく発生する体色ですし、本種の場合、現地棲息水系でも、頻繁とまでは言わずとも比較的普通に発見できるものです。輸入個体の状況だけで見ても、明灰褐色の個体が一番多く、その他の個体も、これに準じた格差によるパターンが基本ですので、カラーバリエーションのような特殊な扱いをするには、多少無理があるかも知れません。





「ヨーロッパ系」ということから、本種の飼育には非常に難しいイメージがありますが、棲息地の状況などから見ると、実際に想像されているほどセンシティブではないように思えます。実際、いくつかの飼育事例では非常にタフな一面を見せており、一度完全に馴らしてしまえば、長期飼育も不可能ではないといえましょう。購入後数週間から数カ月以内で衰弱したまま落ちてしまうという事例が多いのは、湿梱で輸送を行う食用乗り換え個体の大きな特徴でもあり、それを防ぐためには、購入段階での「見極め」をしっかりやる・・・という一点に尽きます。輸入された段階で、すでに相当弱っている場合もなくはないのですが、基本的には「元気な個体を、できるだけ早く」自分の水槽に導入し、馴らし作業に入ることが、長期飼育を成功させる大きな秘訣です。
本種も他種同様、生後1年目は大きな成長を遂げますが、アメリカザリガニやヤビーほど劇的な急成長はしませんので、水槽は1+までの個体で、しかも単独飼育であれば、30センチ水槽でもやって行けなくはありませんし、45センチ水槽があれば、充分クリアすることが可能です。しかし、実際に入手できるのは成体であるケースがほとんどですし、その後の成長によってアメリカザリガニやヤビーよりも大きく育ちますから、単独飼育であっても60×45×45センチ水槽は用意したいところです。複数による長期飼育や繁殖までを考えるのであれば、90センチまたは120センチの水槽を用意した方がよいでしょう。少々大げさに思われるかも知れませんが、水質維持などの観点で見ても、大型水槽の方が長期飼育を実現できる可能性は高くなります。
適応水質・水温については、高温にさえ気をつければ、さほど神経質になる必要はありません。水温も、16〜18度くらいまでを維持し、上限を20度くらいで抑えることが理想ではありますが、夏場などはなかなか難しい部分もありますので、急激な水温変化に気をつけながら、最高25度程度までのラインをキープできていれば充分乗り切ることが可能です。高温に関し、ノーブルなどよりは遥かに強いと思われますが、それでも25度ラインを越えるとガクッと体調を崩しますし、上限付近での温度格差発生は、個体の体力を大きく消耗しますので、この点での注意は必要です。元々基礎体力のある大型個体の場合、多少厳しくても乗り切れてしまう場合もありますが、必然的に秋のポックリ病などが発生しやすくなります。
一方、水質の面についてですが、これも、ノーブルなどと比較すると、多少は高い適応能力を持っているだろうと考えられています。カルキや重金属などの有害成分を除去し、継続的な水質悪化などに気をつけることはもちろんですが、こういう基本的な気づかいさえしておけば、よほど特殊な水質の地域以外、特に水質調整などをしなくても飼育することが可能です。通常種を飼育するよりもワンランク上の能力を持った濾過装置を導入し、水が躍らない程度に充分な濾過を利かせながら、少量・多換水を習慣化すればよいでしょう。底床掃除を兼ねて、週1回程度、1/4〜1/5以内の量で換えて行くようにします。
ただ、本種の斃死事例には、低酸素または溶存酸素量低下が原因と思われるものが少なからずありますので、充分な送気と酸素供給は必要不可欠であると思われます。本種の養殖施設でも、かなり強力な送気システムや曝気濾過槽などの導入が提唱されており、濾過と酸素供給を同時にクリアさせることができるという観点から、濾過装置のうち1つにエアー利用型のものを採用するということは非常に効果的なことではないかと思われます。
脱皮は成体の場合、通常、年に2回行われますが、老成個体になりますと、年に1回になるケースも少なくありません。キャンバリダエ科のザリガニと違ってサイクリック・ディモーフィズムがないので、繁殖活動には直接大きな障害となりませんが、当然、バーンスポットなどといった甲殻系のトラブルは発生しやすくなりますので、他種よりも配慮して行く必要がありましょう。
餌については、一部選り好みが強く、偏食傾向の高い個体もいるようですが、そうでなければ、基本的には他種同様、バランスよく供給しましょう。餌抜きなどで解消できるようであれば、偏食傾向も解消させた方が安全です。成体の場合、コンディション面での心配がなく、共食いなどへの対策が充分になされていれば、10日間程度の餌抜きは全く問題ありません。
繁殖については、まだまだ国内での水槽下繁殖事例が少ないので、多少不確実な要素はありますが、やはり秋繁殖型の典型的な注意点として、抱卵期間中の充分な水質・水温維持と酸素供給とが挙げられましょう。春繁殖型と違って抱卵期間が長い分、成否に大きな影響を及ぼします。飼育と比較すると、繁殖については、ウチダ並みの技術が必要であろうと思われます。