ジャンル:流通
マーレーリバー・クレイフィッシュの取り扱いに関する抗議


  ご抗議のメール内容    Oさん(神奈川県)
 佐倉ザリガニ研究所 砂川光朗殿

 時下、ますます御清祥のこととお喜び申し上げます。
 小生、神奈川県に在住しております74歳の男性です。会社を定年にて退職し、年金暮らしをしておりますが、孫の影響によって、数年前からザリガニを自宅で飼育し、園芸に続く小生のささやかな趣味とさせていただいております。情報は、インターネットで集め、貴殿のホームページも拝見した他、貴殿の本も購入させていただきました。また、別の孫の勧めにより、ボケ防止も兼ねまして最近はツイッターなども始め、自分も若者になりきって、妻と一緒に若い世代の人たちとの交流を楽しんでおります。そして、そこからもザリガニや、別の趣味である園芸の情報を入れて、穏やかな老後を楽しんでおるところです。大変失礼かとは存じますが、ザリガニの経験は貴殿に遠く及びませんが、社会経験や経済知識につきましては、貴殿よりも先輩であるとの自負をしております。小生の元勤務先は商社であり、その間5年ほどではございますが、海外の養殖業者との取引を経験し、養殖業者の苦労や努力などは、少なくとも貴殿よりは熟知しておると信じております。今回、甚だ僭越とは思いましたが、直接貴殿に意見をできない若い子たちに成り代わり、年長者として貴殿に抗議を申し入れたく、筆を執ろうと決意しました。
 最近、マーレーリバー・クレイフィッシュというザリガニが、めでたく日本国内で販売されたようですが、貴殿は、御著においていたずらに絶滅の不安をあおり、多くの方々がそれを信じてしまった結果、それを購入することについて良心の呵責を覚えるような風潮が起こっているとのことです。しかし、実際に流通している個体は、食用として正式に生産されて合法的に中国へと輸出された養殖個体であり、絶滅の不安とはまったく関連しない、養殖業者の努力によって生産された、正当なビジネス流通品です。本来であれば、少しでも多くの方がこのザリガニを購入し、飼育し、養殖業者に対しても正当な経済活動に基づいた、正当な利益が分配されるようになる必要があります。
 そうした状況であるにも関わらず、貴殿は一向にそうした正確な情報を流そうとせず、あたかも自分こそがザリガニを愛し、環境保護の先頭に立っているが如き言動を繰り返しておられます。にも関わらず、実際に行なっていることは、多くの若い子たちの飼育意欲を減退させ、飼育チャンスを奪い、ひいては、大切な自然保護に対して真剣に考えるチャンスすらも奪っておることになります。これは、決して看過できるものではございません。
 しかも、正当に養殖された製品の流通に対し、歪められた自然保護の言説によって悪影響を与えるなどということは、言語道断であります。小生は、自然保護に関しましては、人一倍気をつかい、賛成している人間です。最近では、ザリガニについて一部には、密輸の噂もあるようですが、そのような不逞な輩は一刻も早く逮捕され、司直の裁きを受けるべきだと考えていますが、非常に申し訳ないが、このような状況では、貴殿に関しても、そうした不逞な輩と同じであるとの誹りを免れないものと考えております。
 貴殿が、どこまで今の若い子たちと交流をしているか、小生には図りかねますが、ツイッターなどで若い子たちの発言を読んでいると、小生などはその真摯さに敬服するほどです。彼らは貴殿と同じか、下手をすれば貴殿以上に自然への悪影響を考えており、誰に頼まれたのでもないのに、自主的にザリガニの放流をしないよう呼び掛けているなど、本当に素晴らしい世代であると心服しております。小生は、こういう世代の人間にこそザリガニへの接触を増やし、さらに次の世代への教育者として育てることこそが、小生や貴殿のような世代に課せられた使命であると確信しております。貴殿のように、いたずらに不安をあおり、現実を歪曲してでも彼らからザリガニに触らせる機会を遠のかせるということは、ザリガニを愛する人間として真逆の行為であり、まさしくミスリードであります。自然環境をしっかりと守り、その上で、これからも新しい世代の若者たちが、ザリガニという生き物と向き合える日本を作ることを、貴殿は目指す気にはなれないのでしょうか。
 こうしたミスリードだけではなく、小生が思うに、貴殿の行なっておる言動は、養殖に携わる多くの人々に対する妨害であり、冒涜です。小生は、ビジネスを通じてそうした人々と数多く接した経験から、貴殿の妨害に近い行動に対して、強い憤りを感じております。貴殿は、こうした方々が如何なる努力を重ね、商品の生産をしておるかの理解を深めるべきです。心血注いで育て上げた商品を、いとも簡単に「飼うことは好ましくない」と吐き捨てるなど、到底看過できません。高級食材向けだそうですが、貴殿は、こうした方々がどれだけ綿密なコスト計算の上で、そうした商材を選択しておるかもご存知ないと思います。養殖商材に乗るということは、生産して出荷して、それで収益が上がると判断されたものだからですが、そこに、貴殿のような予想外の妨害が入るとは想定しませんし、できないのが普通です。貴殿の行為は、日本でも、福島県の方々が懸命に作っている品物に対して、何の根拠もないまま「危ない」などという風説を流布するのと何ら違わぬ愚行です。貴殿が何を求めてそのようなことをされておるか、小生には理解しかねますが、いずれにしても、人間として看過できません。
 最近では、一部の若手オピニオンリーダーによって、貴殿のこうしたミスリードが修正されつつあると聞き、非常に心強く思っております。そうした方々は、貴殿の度重なるミスリードを嘆きつつも、このザリガニを飼育することが決して自然破壊には繋がらない養殖のザリガニであること、そして、購入によって養殖事業者をも支援していることを積極的に説き回っておるそうです。非常に頭の下がる思いです。
 再三に渡り申し上げますが、小生は、自然破壊に同調するところに本意はございません。しかし、自然保護の美名によって、事実を歪曲した情報を流し、次世代を担う飼育者への悪影響を及ぼす姿勢は、未来の日本のためにも、断固反対いたしますし、それによって養殖事業にすら悪影響を及ぼすのは、言語道断であると申し上げております。このような貴殿の姿勢に対し、小生は断固抗議するところであります。
 養殖によって生産された生き物を飼うことは、それ自体を自然破壊に繋げることができません。貴殿におかれましては、こうした部分を丹念に再調査され、次世代を担う若き飼育者のための正しき指導者として、その姿勢を猛省され、抜本的に改善されることを、人生の先輩として強く求めるところであります。貴殿の良心に期待いたします。
お答えさせていただきます
 このたびは、心引き締まるお言葉を賜り、まことにありがとうございました。人生の先輩からの文章を拝読いたしまして、その1つ1つがまさしく我が意を得たものばかりであり、恐縮するとともに、とても心強く感じている次第でございます。ご抗議という意味でのメールですから、本来であれば深い反省と改善の決意を申し述べねばならぬところかと思いますが、その前に、Oさんの得られている情報の中に、根本的な部分での重大な事実誤認がございますので、まずはその部分の整理からさせていただければありがたいと思います。また、いただきましたメールの内容の中で、1つ「これは絶対に聞き捨てならない」と思った部分がございましたので、まずはその点につきましてご説明をさせていただきたく存じます。それは、今回の日本国内における流通の中で、当該個体の出自に関し「食用として中国に持ち込まれた養殖個体である」という情報が付随していたということです。マーレーが少数ながら日本で流通しているらしいという情報は、すでに私のところにも入ってきておりましたが、その個体に関してその情報が付記されていたことは、お恥ずかしながらOさんからのメールで初めて知るに至りました次第です。そして、非常に愕然とし、かつ、暗澹たる気分に苛まれているのが正直なところでございます。と申しますのも、実はこれ、とんでもない大デマというか、下手をすれば私たちのザリ・ライフにもとんでもない悪影響を及ぼすかも知れない、大変な問題だからなのでございます。
 実はこの「食用として正規に養殖された」という話は、すでに2012年ごろには現地オーストラリアの関係者より、日本でザリガニ類に関しても研究を行なっている研究者のみならず、日本のザリ・キーパーのうち、それなりの知識や情報網を持つ人たちの間にも知らされておりました。しかしその内容は、Oさんが認識されているお話とは完全に真逆でございまして「最近、中国などに許可なく持ち出されているマーレーを始めとした大型トゲザリガニ類について、”食用としての正規輸出だ”などという恣意的な誤情報が付されているらしい」というものでした。現地の保全関係者からも「密輸出を少しでも減らすために、その手口を少しも多く掌握しておきたいので、もしそうした情報があった場合は、ぜひこちらに連絡して欲しい」という依頼の形で、そのような情報が日本の関係者にももたらされてきていたのです。正直、マーレーのおかれた危機的状況からすれば、(失礼な表現でしたら平にご寛恕いただきたいのですが)そんな子ども騙しのような”幼稚な珍説”を信じる人など誰もいない・・・と思っていましたし、当時、私たちもまさかこの先、マーレーが販売用として日本に来るなどということは夢にも思っていなかったので、その時には「中国人たちも、どうせ密輸するなら、もうちょっと説得力のあるマトモな口実を考えればいいのにねぇ」なんて笑い合っていた次第です。ただ、外国における事例とは申せ、そういうことが起こり、それが将来、万が一でも日本に来るようなことがあってはいけない・・・との判断から、その翌年にあたる2013年に執筆させていただいた「大人のザリガニ飼育ガイド」においては、マーレーが危機的な状況である部分をあえてハッキリと明確に書かせていただいたのでありました。ホンネとしては、取り上げること自体したくなかったのですが、担当編集から「ザリの魅力を読者に伝えるために、どうしても」と言われてしまいまして、やむなく収録した次第でございます。ですから、あの本におけるあの表現は、決して「いたずらに不安をあおる」という意図のものではなく、むしろ、そうした情報をすでに得ていた私自身の「心の叫び」であるとご理解下されれば、本当にありがたく思います。
 現地オーストラリアにおけるマーレーの状況は、極めて深刻なものでございます。また、このマーレーを含むトゲザリのグループは、その大半がかなり深刻な絶滅の危機にさらされている状態にあります。その”若きオピニオンリーダー”の方が、果たしてどれだけザリガニに対する知見をお持ちの上でそのようなお話をされていらっしゃるのかは理解しかねますが、ちょっとでもザリガニを知っている人であれば、たとえそれが若い世代のキーパーたちであろうと、こうした現状は誰でも知っているはずですし、もっといえば、英語版ウィキペディアにすらそのことがハッキリと書かれているくらいなのでございます。ですから、(これはOさんご自身を卑下したり批判したりするという意味では決してなく)ザリガニについて知識があろうとなかろうと、ネットを使ってウィキペディアを見れる人であれば、マーレーのおかれている現状など、誰でも容易にわかることなのでございます。食用として輸出するなど論外であるばかりでなく、現地における捕獲においても、公的な肩書きを持つ人間が調査研究目的などで特別に許可を得た場合を除き、厳格に決められたごく短い期間内での、しかも絶対に営利目的でないレクリェーションスタイルでしか許可されていません。その許可においてすら、厳格な捕獲匹数やサイズ、さらには抱卵メスや稚ザリの捕獲禁止など、流域諸州によって若干の違いこそあれ、非常に厳しい条件が設けられています。そこまでやっても、このザリガニを取り巻く現状は厳しさを増すばかりなので、さらに厳格な規制へ向けた内容の強化も検討されている・・・というのが、今の偽らざる実情です。そんな状況下で、そもそも「食用として営利目的で輸出」などという許可が下りようはずもありません。
 しかも、そこまでやっても、マーレーを含む、こうしたトゲザリ類に関する密猟や密輸が後を絶たないことから、私の書いた本とほぼ同じ時期に全世界で出版された「Freshwater Crayfish A Global Overview」という本の中で、オーストラリアのトゲザリ研究においては世界的権威のお1人であるジェームス・ファーセ先生が、マーレーを含めたトゲザリ類の密輸などについて、ハッキリと文字にして警告を出されています。また、私自身、ファーセ先生ご本人に直接お会いしたこともあり、その時にご本人の口からも、明確にそうした密輸に関しての危機的な状況に関するお話をお伺いすると同時に、日本のアクアリストに対しても、積極的にこうした厳しい現状を発信し、1人で多くの方にご理解を得られるよう努力するように・・・というご指示をいただいております。この本に関しては、少々値段が高いですし、もちろん全編英文で書かれた本ですので、読み込むには少し大変ですが、もし私の書いていることに対してご不審があるようでしたら、ぜひ購入され、直接ご覧下さることをオススメします。Oさんではない一部の方々の中には、このことを否定する方がいらっしゃるかも知れませんが、トゲザリに関する世界的権威たるべき人が、明確に文字に残していることに対して、それでも平然と「そんなのウソだ!食用としての営利目的輸出が認められているんだ!」なんて言ってのける人がいたとしたら、逆にぜひ一度お目に掛かり、ファーセ先生も交えて三者で議論をさせていただきたいと思っているほどです。また、私がザリガニに関することで再三にわたりミスリードをしているとの言説に関しましては、知識面の未熟さによる不行き届きは心からお詫び申し上げるとしても、基本的な方向性や、それに伴う知見を含む啓蒙活動において考える限り、天地神明に誓ってそのようなミスリードをした覚えはございません。もし、そのようなことをおっしゃる方がいらっしゃるなら、ぜひ、観賞魚界ならびに学術界から甲殻類に関して相応の実績をお持ちの方にご臨席をいただき、ザリ・キーパーや一般アクアリストも含めた公開の場でその方と議論しつつ、その可否を明らかにさせていただきたいとすら思っている次第です。
 Oさんが私に対して抱かれていらっしゃる憤りの中には、現地の養殖事業者さん、いわゆる「ファーマーさん」に対する私の無配慮という部分が応分の比率を占められていらっしゃるのではないかと拝察しておりますが、もしお言葉を返させていただけるなら、私自身、その点に関しても充分に配慮し、直接そのご意向を確かめさせていただいた上で、情報を発信させていただいているという自負がございます。ましてや、妨害や冒涜などの行為は断じて行なっておりません。と申しますのも、私はIAA(国際ザリガニ学会)という学会の末席を汚させていただいておりまして、このIAAには、オーストラリアでこうした養殖業を営んでいらっしゃる方や、そうした職業に携わっていらっしゃる方々もおり、そうした方から直接もたらされる情報も様々な形で得ることができますので、それを元に正確な情報提供を心掛けているからです。
 2013年に私が本を書かせていただいた段階で、こうした現状に関してはファーセ先生のような学術関係者のみならず、そうした養殖関係のお仕事を実際にしている方にも直接お話を聞いていたのですが、今回、こうしたお話をいただきましたので、念のため、再度確認をさせていただきました。その結果、やはり、イリーガルビジネスでもない限り、マーレーを食用として海外に堂々と売り渡すことなど絶対にあり得ない・・・ということでございました。自分自身、マーレーの基本的な生態から考えても、まさかそんなことは100%あり得ないとわかっていても、話題として取り上げる以上、そりゃあ念のために確実な情報を・・・と思い、そこの部分(営利的養殖自体の有無)を念押ししてお尋ねをしてみれば「ユーはそんなこともわからないのか?ユーのザリガニに対する知識はプアーだ」と言われ、心からゲンナリしてしまった次第です(苦笑)。
 Oさんもすでにご存知の通り、マーレーは、確かに世界で2番目に大きくなるといわれている大型ザリガニでございます。そういう意味では「超高級食材」というイメージで語られたとしても、それを鵜呑みにしてしまう人は多いことでしょう。「それを養殖して商売にする人がいる」といわれても、何の違和感も持たないはずです。しかし、そこには「マーレーというザリガニのことをきちんと知っていないと簡単に落ちてしまう落とし穴」が存在しているのです。それは、彼らの基本的な生活史、いわゆる”ライフサイクル”です。
 確かに、マーレーは最終的にとても大きくなるザリガニです。しかしその反面、成長する速度は極めて遅く、だいたい15cm以上になり、やっと繁殖活動に参加できるように育つまで、最低でも6年、一般的には8〜9年程度掛かります。15cmといえば、日本でも見ることができるウチダザリガニよりもひと回り大きいくらいの感じでしかありませんから、繁殖どうこうは別としても、多くの方々がイメージする「超高級食材」の大きさまで育て上げるためには、最低でもさらにあと3〜5年程度は継続的な育成と畜養が必要になるワケです。養殖という現場で考えてみた時、仮に種苗用として1歳程度の個体を導入したとしても、それを実際に商品として出荷できるのは、最低でも10年以上後・・・ということになるのでございます。
 大型ザリガニという点で見てみますと、オーストラリアではマロンというザリガニの養殖が盛んに行なわれており、まさしく「高級食材」として流通しています。商社マンとしてのご経験をお持ちのOさんには説明差し上げるまでもないことかも知れませんが、商品としてのブランド認知に関しても、マロンはすでに充分に確立されているのが実情です。このマロンですが、成長速度はマーレーと比較すると格段に早く、大きく育ち、性成熟するまでの期間は約2年、長く見積もっても3年程度で充分です。最大サイズの点で考えれば、確かに軍配はマーレーに上がりますが、それはあくまでも学術的な記録上の話であり、棲息している個体の平均サイズは、現状、マーレーもマロンも大差ありません。だとすれば、現地のファーマーさん方が、営利目的で養殖事業を行なおうと考えられた場合、果たしてどちらの種を選択するでしょうか? というより、マーレーが選択される理由は果たして存在しているでしょうか? 保護規制が根本的に厳しい上に水や温度などの管理も大変、おまけに生産コストは3〜4倍以上優に掛かり、そこまでのコストを投下しても、得られる個体の大きさはほとんど変わらず、さらにマロンと違って、マーレーには高級食材としてのブランドもなければ認知度も低い・・・。そこまでデメリットばかりが並ぶ中で、それでもマーレーの養殖をして儲けようなんてファーマーがいたとすれば、それこそ頭が”プアー”というものですよね(笑)。商社マンでいらっしゃるOさんであれば、一般的なアクアリストよりも遥かに容易にご理解いただけるはずでしょうし、現地のファーマーさんが、こうした生物学上の”常識”に照らして、私に対し「ユーの知識はプアー」だという理由も、私自身痛いほどよくわかります(苦笑)。
 マーレーとマロンの差は、それこそ、私たちアクアリストのような人間からすれば、天と地との差があると言っても過言ではありません。しかし、それを”飼育生物”ではなく”調理用素材”で見た時、果たしてそこまでの差を見出せるのかといえば、答えは「No!」なのです。
 広義な意味で”養殖”というのであれば、確かにそれはゼロではありません。でも、それは決して営利目的などではなく、あくまで保全や研究目的による「再生産試験活動」なのだ・・・ということも、ちゃんと教えてもらうことができました。日本でいえば、水産試験場的な要素を持った養殖事業っぽいもの・・・とお考え下されれば間違いないと思います。もしそれをして「養殖だ」と言いきり、そこで試験育成された個体を食用として流通させているのだとすれば、それは立派な”横領”であり、中国や日本の法律で裁かれる以前に、現地の法律で裁かれることでしょう。
 そして、これは日本とは今のところ直接関係しない話ですが、こうした不法行為や、心ない流通があまりにも続くことなどが原因となり、昨年から今年に掛けて、オーストラリアにおいてはザリガニの輸出入や流通に関する全体の規制が、さらに厳しいものとなってしまいました。密輸や密猟などで利益を上げるのは一部の人間でしかありませんが、結局最後は、その責めをこうしたファーマーさんを始めとした、その国の人全員で負わねばならないのです。そして、オーストラリアの例がそうであるように、今後も様々な不法行為が続くようであれば、やがては日本に対しても非難の目が向けられる可能性もありましょうし、それが結果的に「飼育や流通の規制」という形で私たちの首を絞める結果に繋がってしまうかも知れません。私たち日本人の未来を明るくするのも暗くするのも、ひとえに、今の私たちの行動次第なのだ・・・と思っております。まさに、Oさんのおっしゃる「これからも新しい世代の若者たちが、ザリガニという生き物と向き合える日本を作る」ためにも、それぞれのザリガニがおかれている本当の状況を1人でも多くの方に知っていただけるよう、頑張って啓蒙啓発活動を続けて行く所存でおります。
 現在、日本国内で流通している個体が、果たしてどのような出自のものであるかはわかりようもありませんし、もし仮に、これらの個体が何らかのイリーガル性をはらんでいたとしても、現行の法律においては、誰もが納得できる物的証拠があるか、あるいはその現場を押さえない限り取り締まることができないのが実情です。情報というのは、流布される経過において応分のコンジャクションを起こすものですので、果たして現在流通している個体が、この情報と本当にリンクしているのかどうかはわかりませんが、もし本当にリンクしているのだとすると、非常に残念ですが、オーストラリアから日本に来るまでのいずれかのタイミングで、正規ではない流通に乗った可能性は否定できません。 しかし、私が思うに、今回のケースにおいて問題だと思っているのは、むしろ”情報”の方ではないかと思っています(個体の出自自体をまったく問題視していないワケでは決してございません)。そうした情報が日本にもたらされ、それに対して何の疑問も持たず平然と流布する人が出始め、そしてそれが多くの方々に信じられて行く状態の方が、将来を担う若い世代にとって危険であり、まさに「自らの首を絞めてしまう」ことになるのではないかという、非常に大きな懸念を覚えずにはいられません。現在、日本に入って来ているマーレー自体がどうこう・・・というよりも、そうした情報が拡散して行くことの方に、私は危機感を感じています。万が一にでもそうした状況が広まり、結果的にそれが引き金となって、密輸のような形態が日本においても次々と引き起こされて行く状態にでもなれば、それは間違いなく「規制の強化」という形で、若い世代へとのしかかってしまうからです。
 私も、まさか今回、こんな幼稚な言い訳がそのまま日本に入ってきているとは思ってもいませんでしたが、今は、売る方にせよ買う方にせよ、ザリガニに携わる人の世代が完全に若い世代へと入れ替わっているのだと考えれば、それが平然と通用してしまうのも理解できそうに思います。長いことザリガニの流れを追い続けていなかったり、あるいは国内や海外に情報網を持っていなかったり、ザリガニに携わった期間が短いために充分な知識の蓄積がない状態であれば、もしかしたら、語る方であれ聞く方であれ、こうした部分ですらマトモに信用してしまうことがあるかも知れません。今後もそれが続くのであれば別でしょうが、今回の個体が、悪意なく、あくまで遵法の範囲内だと判断してしまった結果だったとすれば、それは責められない部分もあろうかと思います。大切なことは、長期的な視点に立って、それこそ、Oさんのおっしゃる「これからも新しい世代の若者たちが、ザリガニという生き物と向き合える日本を作る」ために、きちんとした情報を適切に発信して行くことであろうと考えております。Oさんのおっしゃるように、今の若い世代のキーパーたちは、絶対に”聞く耳”を持ち、”考える頭”を持ち、そして何よりもザリガニという生き物を愛する優しい心を持っていると信じております。自分の水槽にコレクションしたいと思っても、それだけ大変な状況にあるのなら、まずはちょっとだけ我慢してみて、一緒に見守ってあげようよ・・・という声が、必ずやこうした世代の方々の中から出てくることを信じております。その点につきましても、私は、Oさんのお気持ちと何ら変わらぬものを持っていると自負しております。
 ただ、このマーレーを含めたトゲザリの件に関しましては、現地オーストラリアの方からも「何か情報があった場合、できるだけ細かく報告して欲しい」という依頼を受けております。「正規の食用養殖個体だ」という情報が日本でも出回ってしまった件に関しましては、このメールをいただいた当日に、直ちに報告しておきましたが、現地の個体を密猟や密輸から守り、更なる危機を回避するためにも、今後もし、そうした「マーレー食用養殖説」をお耳にすることがございましたら、その方に対し、それは現実的にあり得ない話であることをしっかりお伝えいただくと同時に、もし、それに関わる新たな別の情報や、これとは別の「この個体が正規輸入だという理由」などの話を見聞きすることございましたら、ぜひ、砂川までお知らせ下さい。素敵なザリガニであるマーレーの未来を守るためにも、Oさんだけでなく、これをご覧の多くのみなさま、ぜひともご協力をよろしくお願い申し上げます。