お尋ねのメール内容 Mさん(京都府)ほか多数 | ||
こんにちは。いつもこのホームページを参考にしながら飼育をしている京都府在住のMと申します。どうぞよろしくお願い申し上げます。私は今、アメリカザリガニの色変わり系を4種類、メキシコ産のザリガニを2種類飼育しています。今回、ザリガニの飼育水質に関して質問をさせていただきたく、メールをしました。 このホームページでは、どちらかというと水のpHに関しては、アルカリ性寄りの水質を推奨しているように思います。私の住んでいる場所の水道水のpHは、だいたい6.8〜7.2くらいの間を行ったり来たりしている感じですが、私もそれの記述を参考にしていましたので、牡蠣がらなどを濾過層に混ぜて、pHをだいたい7.5を切らないように気をつけて飼育を続けてきました。今のところ、それが原因で落ちた個体は1匹もなく、また、繁殖も何回も成功しているので、pHの設定はそれで問題ないとずっと思ってきました。 ただ、最近、ネット上のブログやツイッターなどでいろいろ情報交換したり情報収集をしている中で「pHを上げることはマイナスだ」とか「こだわる必要はまったくない」という意見を目にするようになりました。また、ドイツの先進的ブリーダーさんや専門家たちと直接情報のやり取りを行なっているという有名なブリーダーさんが、そうした先進事例をもとに「ザリガニ飼育でのpHは低めの6台くらいがよい」と発言されていることを知り、今のやり方で失敗していないものの、ちょっと心配になりました。疑っているわけではないのですが、やはり、ドイツの先進事例での情報となると、気になってしまうし、心配になってしまうのです。アメリカザリガニのように強い種類もいれば、もっと弱い種類もいます。「こだわる必要はまったくない」という意見は、さすがに乱暴過ぎる意見なので信用していないのですが、アルカリ性寄りと酸性寄りで意見が正反対になるのは、さすがに混乱してしまいます。 そこで、佐倉ザリガニ研究所では、どうしてアルカリ性寄りの水質を推奨しているのかということと、どうしてそれがドイツの先進事例と異なるのか、自分の中で、その整合性をとりたいと思っています。自分の個体が落ちていないので、記載内容に不信感を抱いているのではありませんが、ご不快でなければ、どうかこの混乱を解消して下さい。 お答えさせていただきます | お尋ねにあたってのご配慮、まことにありがとうございます。ご不快・・・だなんて、とんでもない(笑)。様々なテーマについて、忌憚ないご意見をいただけますことは非常にありがたいと思っておりますし、私自身も大いに勉強となることですので、これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。あ!あと、これは最初に申し上げておきますが、私は何も、ただやみくもに「アルカリ性じゃなきゃ絶対ダメ!」と断定しているワケではございませんので、どうかその点は誤解なきようお願い申し上げます。ま、これについての真意は、文章をお読みいただくに連れてご理解いただけることと思います。 | さて、今回のお尋ねに関する回答ですが、実はこの問題、同じような内容のものがこの3ヶ月程度の間に10通以上も届いておりまして、少々驚いていたところでした。そして、内容的にもMさんのおっしゃる通り「本当にアルカリ性寄りで大丈夫なのか?」「気にし過ぎではないか?」「弱酸性でも生きているのに、あの記載はおかしい」「ドイツの事例に反しているから直すべき」などといった感じでした。どうやら、どなたかがあちこちの場で「先進的なドイツの事例やブリーダーの方々の意見を参考にすると、佐倉の記載は間違っている。あのサイトはミスリードばかりで、それがキーパーを混乱させている」という類の指摘をなさっているようですね。まぁ、それは確かに私もまだまだ修行中の身ですし、そんな人間が書くポンコツサイトですから、批判をされるのは仕方ないですけど、もしミスリードばかりであるなら、お互い楽しく、そして知恵を出し合いながら高め合って行くためにも、そして多くのザリキーパーが混乱に陥らないためにも、陰でコソコソ言いながら軽蔑するんじゃなくて、直接こちらにぶつけて下さり、議論し合っていければいいと思うんですけど・・・ねぇ(苦笑)。ドイツの問題は後ほど改めて触れさせていただくこととして、このテーマに関しては、まず一番最初に、ある「定義」から紐解いて行きたいと思います。それは、Mさんのメール文中にある「強い種」「弱い種」ということです。 そもそもザリガニを飼育する上で「強い(強健)種」とは、いったい何を以て“強い”とするのでしょうか? まぁ、強健種の代表格として挙げられるのは、アメザリでありウチダであり、ヤビーあたりであろうかと思いますが、よもやこれを「戦わせて強いから」なんて思う人はいません・・・よね(苦笑)。この”強健”の定義というか基準となるのは、ズバリ”環境適応能力”を指します。本来、その種にとって望ましいとされる理想的な環境(原棲息地の環境)に対し、そこからどれだけ環境的に乖離した状態まで生き伸びることができ、そうした環境下で代を繋ぐことができるのか・・・という部分の差をもって、その種の「強いか弱いか」が定義されると考えてよいでしょう。強い種であれば、原棲息地の環境とは完全にかけ離れたタフな環境でも平然と生き延びることができますし、弱い種の場合、何かの要素が少しでも変わってしまうと、それだけで死んでしまうことがあります。たとえば日本での実例を挙げてみますと、道東で猛威を奮っているウチダザリガニは、潮の満ち引きによって、淡水というには問題がある(明らかに”汽水”としか呼べない)ほど塩分濃度が高くなっている釧路川河口近辺でも棲息が確認されている反面、同じ北海道のニホンザリガニなどでは、棲息地周辺の木を10本程度伐採してしまっただけで、その棲息域が壊滅してしまった・・・という事例が日常的に報告されています。まさに「強い」「弱い」を端的に表す事例ですよね。 ここまで語ると、Mさんからすれば「そんなの当たり前じゃん!しかも、そんな話なんてそもそもpHとは関係ないし!」と思われるかも知れませんが、実はこのことこそが、今回のご質問や、それに関する様々なご意見、そして、それにまつわる混乱の根本に横たわっている基本要因であるといえましょう。つまり、「ここの部分さえきちんと踏まえることさえできれば、そもそも混乱など起こり得ない」ということです。 私たちが日ごろから目にしている”水槽”という環境は、キーパーである私たちからすれば当たり前の環境ですが、そこで”飼う”という名目で閉じ込められている彼らからすれば、それ自体が彼らにとって極めて特殊な環境であることは、誰でも簡単に理解できます。では、そのような状況下で、私たちキーパーは、いったい何を目指すべきなのでしょうか? まず、何をおいても「理想的な生存環境」の再現であり、それはすなわち「彼らが遠い祖先から生まれ育ってきた原棲息地の環境」に少しでも近づける努力であるはずです。もちろん、水槽という環境でそれを100%達成させることは不可能でしょうが、それでも、それに少しでも近づける努力をすることで、その生き物本来の美しさを楽しんだり、繁殖の素晴らしさを体感したりするワケですね。人工作出や改良品種などについても、基本的にはその原種の棲息環境を基準に考えますし、多少の違いはあっても、そこから大きく外れる方向へ積極的に持って行くことはしません。まさか、そのことに疑問を感じる方はいないと思います。ですから、そのような点で考えれば、こうしたpH設定を含めた水槽内におけるすべての環境設定は、原棲息地におけるデータを基準に組み立てて行くのが、アクアリストからすれば、まさに「常識中の常識」なのです。 これは、アクアリストとは立場が異なりますが、養殖の世界でもまったく同じことが言えます。原産地近辺での粗放養殖であればまだしも、たとえば生け簀であったり人工池だったりの施設で養殖を行なう場合、私たちの水槽と同じように、そこは原棲息地とは異なる環境となることは珍しくありません。そこで彼らファーマーたちはどうするか・・・といえば、やはり養殖対象種の原棲息地におけるデータを参考にし、基本的には「可能な範囲で、それに近づけて行く努力や工夫」をして行くワケです。アクアリストは”自分自身が楽しむ”ために、養殖業者は”生産量を増やして収益を上げる”ために、ほぼ同じ観点からその種と向き合って行くことになるのです。これは、何もザリガニに限ったことでなく、すべての熱帯魚や愛玩動物に関する”向き合い方の基本”ですものね。 さて、そうした基本に立ち返った上で、今回のケースを考えてみましょう。 たとえばアメザリの場合、広大な棲息域ごとに多少のレンジ差はあるものの、pHだけでいえば、おおむね7.0を少々切るあたり、ほぼほぼ6.5あたりを下限として、そこから8.5程度までのラインが基準となっています。つまり、彼らを飼育したり養殖したりするにあたってのpH設定は、このラインを基準に設定すべき・・・ということになりますよね。これに異議を唱える方はいらっしゃらないと思います。ただ、今回、多くのみなさんが疑問に思われた要因となっているのが「アメザリなら、pH6.0付近でも生きているではないか?」ということでしょう。確かにその通りで、私自身が国内あちこちで棲息調査をしていても、6.0はおろか、それをさらに大きく下回る環境下で生きている個体を目にすることも決して珍しくありません。それこそが、まさに彼らの”環境適応能力の高さ”であり、アメザリが“世界で一番強い種”といわれる一番大きな理由なのです。確かに、そうした本来と異なる環境でも何とか生き延びることはできるでしょうし、水槽に収容した段階で本来の棲息環境とは多少なりとも異なるものになってしまうのも間違いありませんけど、アクアリストとして、どちらの環境を目指して行くべきか・・・という観点でいえば、自ずとその結果はみえてくるものです。「体色的な観点から意図的に設定pHを下げる」という手法もありますが、それはあくまで、そうした目標と、その理由やシステムが明確になっている上で限定的に行なうべきことであり、少なくとも「その種の基本的な飼育方法」として語るべきデータではありませんよね。要は、ここらへんの基本的認識が完全に欠如してしまった結果「こだわる必要はない」「低pHが望ましい」などという考え方が生まれてしまうことになっているのです。自分の目の前で起こっている事例だけを踏まえ「自分のこのやり方で死なないのだから」などという極めて陳腐な理論構築によって、それを「理想的な環境」だとはき違えてしまう・・・。飼われているザリガニからすれば、たまったものではありませんし、それを”真実”として喧伝して行くのですから、後から続くキーパーたちが混乱を起こすのは、当たり前のことです。 私は医者ではありませんので、人間におけるそうした理想的数値については知る由もありませんが、たとえば、このようなケースで考えてみてはいかがでしょうか? ある2つのグループを設定したとします。1つは、日ごろから猛練習で身体を鍛えている体育会系バリバリの若者グループ。そしてもう1つは、とりあえず元気ではあるけれど、あまり体力はないお爺ちゃん、お婆ちゃんのグループ。どちらも同じ人間でありながら、たとえば朝4時に起こし、30分以上歩いて駅に行って、そこから電車で新宿へ向かわせ、下車後すぐにそこで買物をして歩く。20分程度の短い時間で軽く昼食をとった後に、今度は煙がもうもうと立ちこめる工場見学をし、さらに小さな車で3時間ドライブしながら帰宅して、そこから夜中まで飲めや歌えやの大騒ぎをする・・・。仮に両方のグループに対して、そんな一日を送ってもらったとすると、果たしてどのような結果が見えてくるでしょうか? たぶん、若者グループは多少疲れはするけれども全然問題なく、もしかしたら翌朝になって「また行きたい!」なんて言い出すかも知れません。しかし、お年寄りたちは、かなり厳しい結果になることでしょう。体調を崩してしまう人だって出るかも知れないし、場合によっては、もっと重篤な結果が待っているかも知れません。 このケースは、年齢や体力差を基準に見てみたものですが、考え方の基本は、これと同じです。つまり、若者グループのタフな体力も、これはこれで厳然とした「事実」ですが、これをもってして「人間の生存環境は、このやり方で大丈夫」とは決していえないワケですね。もし、人間の生存環境について語るのであれば、それがどのような場合であっても問題なく、もっといえば「生まれたばかりの赤ちゃんでも、体力の衰えたお爺ちゃんでも、どんな状況の人でも問題なく生きて行ける」環境を調べ、それに沿った環境を作って行くべきなのです。もちろん、すべてにおいて理想的な環境を実現することは不可能でしょうが、少なくとも、それを目指すべきことであることは間違いありません。人間もザリガニも、もっといえばすべての生き物も、その生き物にとって最も望ましい、あるいはそれに近ければ近いほど、本来の美しさを見せてくれるものです。キーパーたちが躍起になっている体色であれ繁殖であれ、その種や個体が持つ本来のポテンシャルを発揮させるために、そうした理想的な環境設定を目指すことは、何の矛盾もありません。「生き残ることができる環境」と「生きるために理想的な環境」とは、まったく異なることであり、飼育する以上は、後者を目標とするのが基本だ・・・ということです。 アメザリのケースでもう少し話を深めてみましょう。 理想的な飼育環境の検討という点で、(特に設定水質の観点から)大いに参考となるのが養殖に関する資料や文献であることは間違いありませんが、日本では非常に少ないものの、実際に産業として成立している欧米では、論文や報告書などの形式で、実に多くのデータが発表されており、誰でも比較的容易にそれを入手することが可能です。また、もしそれが難しい場合でも、人脈を辿って行けば、必ずそうした研究者に行きつきますので、このことについて本気で知りたいという意欲さえあれば、誰でも詳細で的確な現場のデータを入手できるとともに、直接尋ねたり議論したりすることも可能です。 で、そうした形で入手した情報やデータ、文献などを読み込んで行きますと、1つの傾向が見えてきます。それは「硬度やpHなどを上昇させるための知見や技法について事細かに触れているものが圧倒的であり、その逆の知見や技法などに触れているものは極めて少ない」ということです。私が知る限り、そうしたアプローチをしているものは、フランスなどの超高硬度地域における代替種の生存事例に関するものだけでした。日本は世界の中でも極めて軟水度合いの高い地域の一つで、欧米に関しては一般的に日本と同等か、それよりも高い数値を示すケースがほとんどなのですが、そうした地域での養殖に関しても、さらに数値を上げるためのガイダンスばかりがなされている・・・という点は、とても重要なポイントであるように思います。一応、参考のために、文献を1つご紹介し、リンクを張っておきますね(こちら)。この文献は、一般の養殖従事者向けの極めて初歩的な内容となっていますが、これをご覧いただいてもわかる通り、pHや硬度などに関しては「上昇または維持させる技法」に関して大きく取り上げているのが一般的です。つまり、多くの養殖現場において、ファーマーたちは「いかに維持し、上げることに気を配っている」か・・・ということが理解できますし、基本的に同じスタンスを持つべきである我々アクアリストも、気を配るとすればそうした部分なのだ・・・ということでしょう。 また、私自身が行なっているアメザリに関する様々な棲息調査で収集したデータを見てみると、たとえば昨年までの3ヶ年間における全国各地の調査地点(複数回調査地点は1地点としてカウント)、北は宮城から南は沖縄まで、合計327地点でのpH平均値は7.12でした。このうち、捕獲調査個体のCL分布から考えてみると、CL分布に一定の広がりを持つ(その場所で順調な繁殖と個体群維持がなされているであろうと想定される)調査地点のみのpH平均値は、少々高くなって7.23でした。もちろん、データの収集方法は、時期や時間、回数などの統一化などの点で学術的な基準に合っていないので、学術的データというよりも、あくまで備忘録的なものですが、これで見ても、アメザリを順調に飼育するため・・・という点で考える限り、やはりpH設定に関しては、7.0〜8.5くらいのラインにもって行くのが妥当であることになります。 なお、この数値は、公益社団法人日本水道協会が定期的に発表している全国各地の水道水データ「水道水質データベース」の原水データに照らし合わせても、その平均値は、ほぼほぼ合致しております。アメザリにとって、日本の水というのは、まさに”水が合っていた”ということになるのでしょうね。 このように、佐倉ザリガニ研究所としては、pHのみに限らず、様々なデータなどを掲載する際、あくまでもアクアリストとして考えるべき「飼育」という観点から見て最も望ましいであろうという数値を出すように心掛けています。ともするとアクアリストの場合、目の前にある「水槽」という極めて特殊な環境において起こる事例、しかも、自分の水槽というさらに限られた条件の環境において起こる事例だけを踏まえて「これこそが真実」と捉えてしまう傾向がありますが、それが1つの真実であることは間違いないにしても、そうした姿勢は、その生き物に対して必ずしも正確な理解に結びつくとは限りません。さらには、そうした情報を様々な形で鵜呑みにしたり発表したりする、ある種の”耳年増”のような姿勢は、事態を混乱させることこそあれ、より深化させる方向には進まないことでしょう。今、ザリキーパーの中で起こっている情報の錯綜や混乱には、こうした側面があることも忘れてはならないと思います。「自分の水槽の中で起こる”真実”」とは、あくまで”多彩な真実の中の1側面”であり、決して”恒久的かつ普遍的な真実”ではないのです。そして、より深く、より真実へと近づくためには、フィールドであったり文献であったり、自分の水槽以外にも様々な要素のものに接し、それを、自分の目の前にある水槽で起こる状況に照らし合わせながら、きちんと分析して行くことが大切ではないかと思います。それを行なわず、ただただ他人から聞いた情報と自分の水槽から得た情報だけでモノを語るとすれば、それこそ”耳年増”の典型ではないでしょうか? もし、初心者キーパーの方が、飼育にあたって先輩キーパーの方から情報を得る場合、その方のスタンスについてもよくご覧になられた上で、そうした情報を自分の中で取捨選択しながら消化して行くことをオススメします。「経験」は、それ自体非常に大きな宝ではありますが、その「経験」は、所詮その人のその現場でしか起きなかった単一事象に過ぎないのも事実です。ここにのみ依存することは、大きな思い違いや失敗の起こる可能性を包含しているといってもよいでしょう。私自身、常々そうしたことを自省しながら、できるだけ多彩な情報ソースから、直接的に情報を得ることを心掛けています。 なお、当然ながら、飼育における水質の問題は、pHという1つの要素だけで片付けられる問題ではありません。硬度などはもちろんのこと、様々な要素の様々な条件について総合的に考えて行かねばならぬ問題であるといえましょう。本気で突き詰めて行くならば、今回のpHという問題についても「何がどういう理由で、どのように含まれた結果、このようなpH値となったのか?」というように考えねばならぬのです。同じpH7.5の水でも、その中身はまったく異なる可能性もあるワケですし・・・ね。こうした検証をせぬまま、ただただpH計で数値を出して、それだけで水を語ろうとするなら、それは乱暴にもホドがあるといえましょう。また、これまた当然ながら、種別によっても、その項目や重視すべき要素には違いが出てきます。原棲息地のpH値が、平均的に7.0を割り込んでいる種も、数的にはそう多くはないものの実際に存在していますし・・・ね。Mさんの場合は、アメザリの他にメキシコのザリガニを飼育されているようですが、たとえばメキシコ産ザリガニの中で人気の高いユカタン・クレイフィッシュ(ラマシー)などについては、ことpHに関してだけ見ても、アメザリとはまったく異なります。首都メキシコ・シティにおける平均的なpHは7〜10と、日本では考えられないほどの広がりがある上に、彼らの原棲息地であるユカタン半島は、典型的なカルスト地形の上に成り立っていますので、その地質学的特性上、メキシコ・シティよりも低いpH値が出てくることは考えられません(もちろん、それでもpH10というレベルをブチ超えて行くとは到底思えませんが・・・苦笑)。もちろん、この種は環境適応能力が比較的高い部類、いわゆる”強健種”に入りますので、アメザリほどではないにせよ、そこそこの範囲までは充分に生き延びてくれるはずです。ただ、本来の姿で飼育し、より完全な態勢を確立したいと考えるのであれば、一定以上のpH値は維持しておいた方が望ましいはずです。日本や海外におけるカルスト地形周辺で採取される水のpHは、おおむね7.5〜8.5程度であることが多いので、ここらへんを1つの基準に考えておくとよいでしょう(もちろん、いくら原棲息地の環境に戻すといっても、急変は厳禁です。どんな強健種でも、急変には非常に脆い部分がありますし・・・ね。長期間を掛けて、少しずつゆっくりゆっくり戻して行くようにして下さい。また、それと合わせて、その他の水質要素についても、そうしたデータを参考にしながら、じっくりかつゆっくりと改善して行くとよいでしょう)。 最後に、今回寄せられた一連のお尋ねの中で、なぜか非常に多く入っていた「ドイツでは云々」という問題ですが、これには私自身も非常に気になりましたので、ドイツを始めとしたヨーロッパの学術界で顕著な実績をあげておられる甲殻類研究者の先生方に問い合わせをしてみると同時に、念には念を・・・ということで、ドイツのアクアリウム業界、特に甲殻類関連においては中心的な存在となっているクリス・ルクハウプさんにも直接確認をとってみました。ファーマーやブリーダーさんについては、IAA(国際ザリガニ学会)でも欧米豪各地域から多くの超一流メンバーが揃っており、学術的な知識を持つ先生方の意見と付き合わせながら細かい情報を収集することができる状態にあるので、ドイツのそうした民間ブリーダーさんとは、今のところ直接お付き合いをさせていただく必要性を感じていないのですが、クリスの場合、ドイツ国内のそうした方々に様々な情報を提供する指導的立場にある人間ですから、ドイツにおける現状を知るためには、彼に直接問い、見解を得るのが一番現実的だと考えたからです。彼とは、2000年に私たちが本を書いたころからの知り合いで、ほぼ同時期に彼がドイツでザリガニの本を出版した際、互いに写真などを提供し合った縁もあったものですから、回りくどいことなどせず、直接聞くのが一番手っ取り早いですし・・・ね。 その結果、学術界の先生方に関しては言わずもがなの見解が返ってきましたが、クリス本人からも「種別を指定せず、やみくもに低pHでの飼育を推奨することはあり得ないし、日本人に対してそういうことを推奨したこともない」との回答を得ました。彼も私たちと同様、各種ごとの棲息地によるデータを重視しており、それが結果的に低めのpHになることもあるとも言っていましたが、それはむしろ当然のことで、基本的に棲息地におけるデータを重視し、各種別ごとにそれぞれ判断する・・・というスタンスは、ここで私が述べてきたことと何ら矛盾するところではありません。もし、pH値について尋ねられたなら、特にそれが一般的に通用するレンジと異なるものである場合、やっぱり日本でもドイツでも「こっちの種の場合はこのレンジで、そっちの種の場合はこのレンジで」という回答をしないとおかしいことになるワケです。そうした一番大切なところを押さえることなく、ただやみくもに「低pHでザリガニは元気に飼えます」などというのは、学術的に見てもおかしいばかりでなく、それこそ、現在のドイツにおけるアクアリウム業界の方向性ともまったく真逆のものであるといえましょう。もし、低pHが適しているというのであれば、クリスの言うように具体的な棲息地のデータをきちんと提示した上で行なわなければなりませんし、その根拠に関しても科学的な観点から明確に説明しきれなければならないからです。 こうした状況から考えますと、実は私たちと彼らとの間にスタンスの違いはまったくなかったワケですし、それは学術界もアクアリウム業界も、ほぼ同じ回答だったのですから、佐倉に対するご批判自体は甘んじてお受けするとしても、種を指定することなくすべてに通じてしまうpHレンジというものが存在する、その”ドイツの先進的な事例”というのがいったいどういうものなのか、逆に興味深く思えてなりません。 |