お尋ねのメール内容 Sさん(神奈川県) | ||
もう取り返しがつきませんが、先月、我が家のザリガニがたった2日で全滅してしまいました。ショックでやる気も起こらないのですが、せめてその原因と再発防止法を知っておきたいと思ってメールしました。その時の様子を書きますので、どうかお願いします。当家の水槽は60cmです。そこにブルー1匹とゴースト2匹を飼っていました。両方ともまだ小さい個体でした。濾過は上部濾過で、エアストーンも別に1個、沈めているという環境です。事件が起こるまで、それで問題はありませんでした。 当家には小4と幼稚園年長の息子がいますが、長男の方が今年、ザリガニで自由研究をしたいと言い出しました。ゴーストとかブルーで自由研究をさせるのは意味がないので、夏休みに入ったら近くの田んぼでザリガニを自分で捕まえ、夏休みの間に飼育して観察したものを自由研究にすることにしました。私は、水槽を別にもう1本買って、自由研究が終わった後はその水槽でブルーとゴーストを分けて飼おうと予定していました。私は、夏休みが始まるまでに水槽をもう1本買って立ち上げておこうと思っていたのですが、仕事で忙しく、買いに行くことができませんでした。今思えば、それが失敗の始まりだったかも知れません。 夏休みに入って最初の日曜日だった23日に、息子にせがまれてザリガニをとりに行くことになりました。入れる水槽がなかったので、まずは捕まえることだけしておいて、水槽は次の週末に買うつもりでいました。その間、捕まえたザリガニはプラケに入れて、今の水槽に沈めておくことにしました。その判断も、今から考えれば大失敗でした。 息子と一緒に捕まえに行った場所は、自宅から車で5分くらいの近所で、広い田んぼがあり、両脇に水路があります。私の子ども時代からザリ釣りをしていた場所なので、よく知っている場所でした。ただ、その時にちょっと気になったのは、予想していた以上にザリガニが全然釣れなかったことと、水路の中にあちこち、ザリガニの死骸が見えたことでした。でも、その時は数日前から急に暑くなっていたし、水路の水も少なかったので、そのせいで死んだのだろうと思いましたし、釣りでいつまでもそこにいると熱中症になりそうな感じだったので、息子にも長靴を履かせ、一緒にガサガサして、やっと1匹見つけ、持って帰ってきました。今から思えば、その個体もあまり元気ではありませんでした。 ところが、捕まえてきたザリガニをプラケに入れて今の水槽に沈めておいたのですが、翌日の24日の昼間に息子から私の会社に電話があり、「お父さんのザリガニが横に転がって震えている」というのです。妻の話では、痙攣のような状態だったようです。仕事を終えて急いで家に帰ると、ブルーはすでに死んで少しオレンジ色っぽく変化しており、ゴースト2匹も、辛うじて足は動かしていましたが、横たわったままで瀕死の状況でした。急いで水替えをし、落ち着いてから餌を与えましたが、結局、その餌には見向きもせず、翌朝(火曜日)には2匹とも死んでいました。捕まえてきたザリガニも、持って帰ってきたときからグッタリした感じでしたが、ゴーストと同じく火曜日の朝には死んでいました。 息子は本当にガッカリして、自由研究は工作に切り替えることにしましたが、私も本当にショックを受けております。こんな急激な全滅は経験したことがなく、原因は捕まえてきたザリガニにしかないはずなので、このザリガニが伝染病を持ち込んだように思います。でも、佐倉ザリガニ研究所の病気のコーナーを見ても、そんな伝染病は書かれていませんし、カビ病が一番近いと思いますが、ザリガニにカビは生えてませんでした。まったくワケがわかりません。 心のショックが治まって、もう少し水温が下がる秋になったら、もう一度ザリガニ飼育を再開したいと思っていますが、とにかくこの原因と再発防止策をキチンとしておかないと、心配でしょうがありません。ワイルドの個体にも興味がありますが、トラウマになりそうな気がします。できるだけ細かく状況を書いたつもりですので、どうかよろしくお願いします。 あと、シュリンプに詳しいショップの店員から「この死亡は水草の消毒薬が原因ではないか?」というアドバイスをいただきました。シュリンプでも、水草の消毒薬で同じような症状が起きるそうです。でも、佐倉ザリガニ研究所の情報を読んでいましたので、当家の水槽には水草を入れていません。事件が起きる前も後も入れていませんし、薬や有毒成分が含まれているような新しい水道水も入れていません。水は、毎回必ずアクアセイフプラスを入れて、よくかき回してから入れています。100%確実ではありませんが、水槽に入れる水に有毒物質は含まれていないはずです。ですから、この原因は絶対に当てはまらないと思いますので、それ以外の可能性で考えて下さい。よろしくお願いします。 お答えさせていただきます | それは大変ショックな出来事でしたね。悲壮感がヒシヒシと伝わる長文のメールを拝見し「これは絶対にお答えしなければ!」と思った次第です。それでなくても、夏が近づくに当たり、実はちょうどこの問題に関して記事を作ろうと写真を撮って原稿を書こうとしていたところでしたので、「もう少し早く記事を書いておけばよかった」と、ちょっと申し訳なく思っています。 | もちろん、今回の個体の死因を、いただいたメールの内容だけで確定することはできません。経過や状況を事細かに書いていただいたことには感謝したいのですが、今回の原因を生物学的な観点から100%確定的な診断をするためには、下手をすればその個体を然るべき検査機器を保有する機関において解剖するくらいのことをしないとダメでしょうし、仮にそれをしたとしても、充分に解明できない可能性だって少なからずあるからです。ですから、今回に関しては、いただいたメールの内容や、その経過などから推察される最も妥当で可能性の高いケースについてご説明を差し上げたいと思います。 Sさんは、個体が急激にコンディションを悪化させて全滅に至ったことから、この原因を”伝染病”とお考えになっているようですが、私は今回の状況を総合的に判断する限り、この原因はそうした伝染病ではなく、かなり高い確率で、圃場に散布された農薬(殺虫剤など)による、一種の”中毒死”であろうと考えています。お付き合いをされているショップの店員さんがおっしゃった説とは当然ながら違うのですが、少なくとも、Sさんの個体が死に至った原因に関しては、その店員さんがおっしゃった中毒死説と同じ過程を辿っているはずだと私は考えています。それでは、その理由についてご説明して行きましょう。 もちろん、最近では有機栽培や無農薬栽培の水田も増えてきていますので、必ずしも「すべての水田でこの事例が当てはまる」というワケではありませんが、一般的な水田の場合、法令で定められた基準に基づいて何度かの農薬散布が行なわれるのが普通です。そのうち、(その地方によっても時期は若干前後しますが)おおむね7月の中旬から下旬ごろに掛けて、病害虫防除を目的としたかなり大規模な農薬散布が行なわれます。最近では圃場の大型化に伴い、ヘリコプターやラジコン機を用いての散布も増えてきました。こうした散布は、肥料などの散布と異なり、病害虫などのみならず、水田や周辺水路に棲息する様々な生物にも多かれ少なかれ影響を及ぼしてしまいます。特に、甲殻類はこうした薬剤に対して非常に脆く、いくら強健なアメザリといえども、かなり甚大なダメージを被ることは想像に難くありません。Sさんがお住まいの地域の散布日程はわかりませんが、7月23日という時期的な要素と「水路の中にあちこち、ザリガニの死骸が見えた」という内容から考えれば、この死骸が暑さによるものではなく、散布された農薬のせいであると考えてほぼ間違いないと思います。確かに、高い気温はアメザリにとっても非常にタフな環境ですが、通常、アメザリはある程度の高水温までなら耐性がありますし、それを越えそうになった段階で、巣穴に深く潜ったり別の場所に退避するなど、何らかの回避活動をとるのが普通です。ちょっとした暑さだけで大量死を引き起こすと考えるのは、さすがに難しいかも知れません。これらの状況から見れば、Sさんの捕まえられた個体も、こうした農薬の影響を相当受けていた・・・と考えるべきでしょう。 でも、もうしそうならば、「なぜ、捕まえた個体は死んでいなかったのか?」という疑問が残りますよね。これには、3つの理由が考えられます。1つは「散布において相当のダメージを負い、結果的には死に至ったものの、即死レベルまでは至っていなかった」ということです。それでも、捕まえた段階からすでに元気がなく、結局2日後には死んでしまった・・・ということを考えれば、前述の通り相当のダメージは受けていたことが容易に推察されましょう。そしてもう1つは「ずっとこの場所で生き、代を繋げ続ける中で、この個体を始めとした一部の生存個体に関しては、ある程度の耐性を手に入れていた」ということです。これは、何もザリガニに限ったことではありませんが、同じ種類の殺虫剤などを長年に渡り使い続けていると、ある種の耐性のようなものができあがり、こうした特性を持った個体が少しずつ現れ始めます。もちろん、それがすべての個体に伝播するには相当の時間が掛かりますし、スイッチをオン・オフするように、すぐに完全な耐性を獲得する・・・ということもありませんが、少なくとも「ちょっとでもその農薬に接しただけで直ちに死んでしまう」という個体ばかりではない状況になるのも珍しいことではありません。もっといえば、そうした個体が少なからず残っているからこそ、その場所ではアメザリ自体が絶滅せずに棲息し続けているのだ・・・と見ることができます。 さらには、何らかの理由で、その個体が散布された農薬に接する時間が短かったか、あるいは少なかった・・・という可能性も考えられます。いずれにしても「通常であれば即死レベルになるほどの薬剤を浴びるか、体内に取り込むかの状況であったものの、何らかの理由によって、Sさんに捕獲されて家に持ち帰られるまでの間は生きていた」と考えるのが妥当だろうと思います。 そしてもう1つ。今回の事例には「ではなぜ、農薬を直接浴びていない水槽内の個体が、しかも持ち込んできた個体よりも早く死んでしまったのか?」という疑問が残りますよね。実は、条件さえ整えば、これに対しても合理的な説明が可能なのです。 確かに、Sさんが飼育されていた個体は、そうした農薬を直接浴びていません。しかし、Sさんの飼われていた個体のみならず、元から水槽内で生まれ、育ってきた個体というのは、当然ながらそうした耐性などあろうはずがありませんし、種としてある程度持ち得ていたとしても、むしろそれはワイルドの個体と比較して弱くなっていると考えるのが自然です。「飼育」という、ある意味”とても閉鎖的で贅沢な環境”で代を繋げ、あらかじめマイナス要因を取り除いてもらった環境でずっと生きてきたことを考えれば、こうしたマイナス要因に対して、自然下で生きている個体よりもさらに敏感であり、かつ弱い状況であったことも容易に推察されましょう。持ち帰った個体の甲殻表面やエラに付着していたり、あるいは糞などに含まれていた微量な有毒成分によって中毒症状を起こしてしまい、その有毒成分を水槽内持ち込んだ個体よりも先に死に至ってしまう・・・ということも、決して不思議なことではありません。実際、そのような形で生体が何らかの病気や有毒物質を水槽内に持ち込み、収容している他の個体に対し深刻なダメージを及ぼすという事例は、少なくとも観賞魚の世界でも養殖の世界でも、それなりによく聞く話なのです。外で捕まえてきて、水槽に収容したザリガニが、ある種の”毒の運び屋”になってしまった・・・というパターンですよね。今回、Sさんの水槽で起こってしまった非常に残念なケースは、こうした原因によるものであろう・・・というのが、メールを拝見した上で私が考えた”理由”です。 こうした問題を回避する方法ですが、これはただ1つ「そうした時期には個体採取を控える」ということに尽きます。また、どうしても採っておきたい個体を見つけてしまった場合には、少なくとも採取後の一定期間は他の個体と同じ水循環システムを用いた水槽に収容しない・・・というのが鉄則だといえましょう。もしかしたらこうした配慮は、農薬散布時期以外であっても当てはまることなのかも知れません。 ザリガニに限らず、自然下の個体に興味を持ち、実際に棲息地を見て歩きながら個体を集め、飼育をするようなアクアリストは、こうしたちょっとした変化にも非常に細かく目を配るのが普通です。また、いわゆる”トリコさん”と呼ばれる、個体採取を生業とされているような方々は、基本的にはこうした時期に個体を採り歩くことはまずしません。夏前の一時期に、ごく短期間だけエサ用ザリガニの流通量がガクンと減ることのあるのは有名な話ですが、それは即ち、こうした理由でトリコさんたちが採取活動を控えるからなのです。 最後に、こうした作業の有無や、その時期を調べる方法ですが、一般的にこうした作業は、必ずその地方自治体の広報や、その現場に立てられた看板などによって告知されますので、日ごろから気をつけてチェックさえしておけば、そうした手段によって簡単に情報を入手できます。上の写真は、私の地元である千葉県佐倉市の広報に掲載されていた記事と、隣の八千代市にある、白ヒゲ棲息地近くに立てられていた看板の写真です。基本的に、こうした時期には採取自体を行なわない方が賢明ですが、どうしても採取をしたいと思った場合は、こうした方法でキチンと状況をチェックされておいた方がよいでしょう。 なお、「こうした散布が行なわれた場合、その後いつまで採取を控えたらよいのか?」ということについてですが、広報にも記載されてある通り、まず散布後5日〜1週間程度は採取はもちろん、立ち入ること自体、避けた方がよいと思います。その上で、(これはベテランアクアリストやトリコさんごとにも見解は分かれますが)概ね半月程度は我慢をした方がよいように思います。たとえばこの写真の通り、今年の佐倉の場合、7月21〜25日ごろに散布されると広報されていますから、もし私が佐倉で個体を探し歩くとすれば、8月10日あたりを過ぎてから・・・ということになりましょうか? それまでの期間は採取自体を行ないませんし、もし、何らかの理由で興味深い個体を見つけて捕獲したとしても、少なくとも持ち帰って以降、お盆過ぎあたりまでは隔離して、様子を見ながら飼育するだろうと思います。その途中でその個体が脱皮してしまえば、ほぼほぼ安全・・・ということになると思いますが。 以上、いただきましたメールから推察される原因と、その対処方法についてご説明しました。今回の事例は、確かにとても残念なことで、これによってトラウマになったり、ザリガニに対する興味自体が失せてしまうお気持ちも充分以上によくわかる気がします。ただ、もし原因がこうしたことであるなら、それさえ解決できれば、きっとまた楽しく、ザリガニと向き合うことができるはずです。Sさんのおっしゃる通り、ワイルドの個体も非常におもしろいものがあります。様々な名前がつけられて販売されている個体も確かに魅力的ですが、色々な棲息地を見て歩き、実際に網入れしながら個体を見て行く作業もおもしろいですし、ビックリするような個体に出会えることも少なくありません。何より「そうやって見つけた個体はタダ」です(苦笑)し、その喜びも大きいですから・・・ね。 飼う楽しみはもちろん、そうした”宝探し”の楽しみ・・・というのも素晴らしいものです。そして何より、水槽飼育だけでは決してわかり得ない、ザリガニという生き物の”真の姿”も学ぶことができましょう。今回の事例を克服し、ぜひともお子様とともに、そうした楽しさや喜びを体感していただきたいと思っております。 (追記) その後、Sさんご本人に地元の広報誌で確認していただいたところ、今回の個体を採取した場所は、前々日にあたる21日にラジコンヘリによる薬剤散布が行なわれていたとのことでした。今回の回答記事を補完する内容だと思われますので、念のために追記いたします。 |