お尋ねのメール内容 Sさん(兵庫県) |
今回、ネットでいくら調べても解決できない疑問があり、メールさせていただきました。それは、ザリガニの種名を指す「学名」の、正しい呼び方というか、発音の仕方についてです。 今から1ヶ月くらい前、ちょくちょく通っているショップで常連客向けの懇親会みたいな飲み会がありましたので、私も参加してみました。ザリガニやシュリンプ飼育10年以上のベテランの人とかも何人かいて、内容的には勉強になりましたけど、その中の1人の方は「自分はヤビーの学名がまだチェラックスって呼ばれてた時代から飼っていた。今はチェラックスは間違いで、環境省もケラクスとしている」と言っていました。今は飼えませんが、先日のアクアライフに出ていたリストを見ると、ヤビーは確かに「チェラックス」ではなく「ケラクス」属になっていました。疑問に思い、ネットで調べてみても、納得できる答えが出てきせん。一方、貴サイトを見ると、説明は「チェラックス」になっています。以前、お世話になっていた別のショップでも、そこの店長さんは確か「チェラックス」と発音していました。確かに英語のサイトの文字では「チェラックス」と読めますが、政府が「ケラクス」と書いてあるので、これは間違いだと思えません。これは一体どういうことでしょうか? 教えて下さい。 あと、呼び方ということでは、そのお店に来るお客さんの中に、ニホンザリガニのことを「ポンザリ」と言っている人がいました。私は最初わからなくて、後でポンザリがニホンザリガニのことを言っているんだとわかりました。内容がわかったのであまり重要ではないのですが、これも貴サイトでは「ニチザリ」と呼んでいます。省略した呼び方とは言っても、名前が違うのは不安で、どうしても気になってしまいます。この2つについて、正しい呼び方を教えて下さい。お願いします。 |
お答えさせていただきます |
今となっては懐かしい思い出ですが、そういえばこの「ケラクス」表記、特定外来指定時には私もネット上などで随分叩かれましたよ。「佐倉の砂川はやっぱりウソつきだ。チェラックスじゃなくてケラクスだったじゃないか!」と・・・ね(苦笑)。 つまらない回顧話はさておき、お尋ねの内容に対して最も簡潔にお答えするなら、たった一言「どちらでも一向に構いません。お好きな方をどちらでもご随意にどうぞ」・・・って感じでしょうか? ホント、それが答えのすべてです(笑)。もちろん、それで終わってしまってはご納得もいただけませんでしょうから、今回は、発音を含めた学名の呼称に関する問題を少しご説明させていただきたいと思います。 1つの種について、学術的にそれを指し示す名称を付けることは、何もザリガニに限ったことではなく、動物や植物、果ては微生物まで含めた1つの決まりであり、それを「学名」といってラテン語を用いて名付けられることはご存知のことと思います。これには、一定の決まり事があって、それぞれの分野の命名規約によって世界的に統一されています。よく「新種を発見したので、それに自分の名前を付けた」などという報道を耳にしますが、それも基本的には、すべてこうした命名規約に則った名付け方で付けられているワケです。新種であれば、何らかの形で発見者に因んだ名前を学名に取り入れることがありますが、これも「じゃあ俺は日本人だから日本語か日本語チックな綴りで」・・・というワケには行きません。 さて、こうして付けられる学名ですが、実はルールとしてきちんと決められているのは「表記(綴り)」に関してであり、読み方について規定されているものはありません。ラテン語自体、現在ではほとんど使われていない古語に分類されていることもあって、発音に関しても統一させるのが困難である部分もあるのでしょうが、研究者によって英語に近い発音をしたり、より近いとされるイタリア語に近い発音をしたり・・・と様々なのです。先日、IAA(国際ザリガニ学会)の第20回大会が札幌で開催され、世界中のザリガニ研究者や専門家たちが札幌に大集結しましたが、そこでもニホンザリガニ(Cambaroides japonicus)の種小名に関しては「ジャポニクス」も「ヤポニカス」も平然と飛び交っていましたし、しかもそこでは何の混乱も起こっていませんでした。これは、こうした学名を使っている人々すべてが「学名とは何ぞや?」ということをきちんと理解しているからに他なりません。 佐倉ザリガニ研究所だけでなく、多くのベテランの方々の中に「チェラックス」「キャンバリダエ」などの呼び方を使う人が多い・・・という理由も、実はとても簡単なことで、1970〜80年代当時、日本国内で淡水甲殻類を研究されていた専門家の先生方は、どちらかというと学名を「英語的な読み方」で発音される先生が主流だった・・・という、ただそれだけのことです。もしもこの当時、私たちが質問に足繁く通った先生方が「イタリア語っぽい読み方」をする方ばかりであったとすれば、佐倉サイトでの表記も、当然「ケラクス」「カンバリダエ」という感じのものになっていたことでしょう。意外に思われるかも知れませんが、理由はこんな単純なものだったのです。環境省が特定外来生物指定をした際、「Cherax」を「ケラクス」と表記したことも当然ながら存じ上げており、本来ならサイト内の表記もそこで全部直せばよかったのですが、「別に間違った内容じゃないし、ページ数が多くて表記自体も探すのが面倒だから、いちいち直さなくてもいいよなぁ」・・・と(苦笑)。別に無理してこの発音に固執したのではなく、単に「面倒」だっただけの話です。ホント、すいません。 表記という点に関しては、かれこれ10年以上に前の話になりますが、今は亡き「フィッシュマガジン」誌上で、ある若い研究者が、アメリカザリガニ(Procambarus clarkii)の学名を「clarkiと表記されることもある」と書いてしまい、大問題になったことがありました。我々からすれば「最後の1文字くらい、あってもなくても・・・」と思うような話なのですが、生物学の世界では、この1文字の有無で、ヘタをすればそれが別種になってしまうほど大きな問題であるのです。当然、これはProcambarus clarkiiが正解で、新種として記載したり表記自体に重大な齟齬が発見されたり・・・という事例でもない限り、従来の綴りから「i」の1文字を削ることは絶対にありませんし、clarkiiとclarkiの双方が並立することも絶対にありません。反面、研究発表や講演などの場で、発表者がアメザリのことを「プロキャンバルス・クラーキー」と発音しようと「プロカンバルス・クラルキィ」と発音しようと、目くじら立てて指摘するような人は一切いません。かえって、そんなことをしたら「私は学名について何も知らない」と宣言しているようなものですから、それこそ大恥モン・・・ですよね(笑)。 観賞魚界の流れを見ていると、ザリガニに限らず「先輩の真似をしている」あるいは「自分が二番手だと思われるのが嫌」とかいう、それこそ「あまりカッコ良くない理由」で、あえて学名の読み方を変えて見せ、それで独自色や優位性を醸し出す・・・という、ヘンテコな風潮が残っているのも事実です。そして、「あの読み方は厳密には正しくないんだよ」なんて平然と言ってのける人が見られるのも、これまた事実です。でも、結局のところ大切なのは、あくまで「綴り」であり「読み」ではありません。このことを充分に踏まえた上で、自分なりに最もフィットする読み方で読むのが適切なのではないかと思います。 さて、ニホンザリガニを含めた略称に関してですが、これについては、それこそ「学術上の決まり」や「観賞魚界内の自主的ルール」すら存在していないことなのですから、「ニチザリ」だろうが「ポンザリ」だろうが、どちらでもお好きな方で構わないのではないでしょうか? 私もニホンザリガニに関してはソコソコ長い付き合いですし、専門家から民間研究家、さらには観賞魚業界関係者まで、現地北海道を含めたそれなりの方々とお付き合いさせていただき、議論もさせていただいて参りましたが、「ニチザリ」と呼ぶ人こそ数多くいらっしゃったものの、今のところそうしたベテランの方々の中で「ポンザリ」という呼び方をされる方には、まずお会いしたことがありません。これは棲息地である現地北海道でもまったく同じ状況ですし、実際にGoogleなどで検索を掛けてみても、双方の言葉のヒット数には圧倒的な違いがあるようですので、個人的には「ニチザリ」の方が通りがいいかなぁ・・・? という気もしていますが、さりとて「ポンザリという言葉は間違っている」と申し上げるつもりはサラサラありませんし、これもお好きな方でいいのではないかと思います。「ポンザリという呼び方は一般的じゃないから改めた方がいいよ」などと叫んだところで、そちらを使われている方からすれば気分のいいことではないでしょうから、「どちらが正しいか?」という議論自体、全く不毛で意味がありません。仮に「ポンザリ」という言葉が相手に通じなかったとし、もし、現地の専門家やベテランアクアリストの方などから「ポンザリ? えっ何それ?」と聞き返されれば、そこで改めて「ニホンザリガニ」「ザリガニ」と答え直せばいいだけのことだと思います。特に必要もないので佐倉では使いませんが、「ポンザリ」っていう響きも、なかなかキュートでいいのではないでしょうか? |