お尋ねのメール内容 Tさん(神奈川県) |
私は、大型魚をメインに飼育しています。去年の夏、餌用のザリガニを捕まえに近所の水路に行って仕掛けを入れたら、1匹だけ、ボディーが完全に青いアメリカザリガニが入ってきました。とても驚いて、いつも行くペットショップで話したら、店主が「もし本当に捕まえたんなら、新聞に出るような大ニュースだから、新聞社に連絡した方がよい」と言われました。また、別のお客さんは、「完全天然のものは、オークションで売れば確実に5千円以上で落札されるから、オークションで売った方が儲かる」とも言われました。しかし、同じショップで青いアメリカザリガニが1200円で売られています。そのことについて聞いたら「こっちは全然珍しくない」というのです。色は、私が捕まえた方が少し濃いくらいで、ほとんど違いがありません。これには疑問を感じてしまいましたし、恥もかきたくないので、私は新聞社などには連絡しませんでした。もちろん、餌にするのはもったいないので、そのまま飼育してみることにしました。現在は、2回脱皮して少し青は薄くなりましたが、まだ青い体色を維持しています。 ショップで売っている青いアメリカザリガニと、私が捕まえた青いザリガニとは、どこがどう、違うのでしょうか? どうして、新聞の記事になったりするようなものが、ペットショップで普通に売られたりしているのでしょうか? また、もし違うなら、見分け方があるのでしょうか? 教えて下さい。 |
お答えさせていただきます |
新聞の地方版などのページを見ていると、確かに年に数回、日本のどこかで「青いアメリカザリガニが見つかる」なんてニュースが出てくるもんですよね。また、ネットでも、こうした個体が意外な高値で売られているのを目にすることがあるものです。一方、ショップで目にする「青ザリ」は、今や1000円台前半どころか、3ケタの値札が付けられていることもあるほどで、恒常的にショップへ出入りしているアクアリストからすれば、少なくとも「珍系」の生き物でないことは間違いないといえましょう。 なぜ、新聞などに取り上げられるかといえば、答えは実に簡単なことで、要するに「アメザリ=赤」と考えている一般の人にとって見れば、青い体色というのは非常に珍しく感じる・・・という、それだけのことです。恒常的にショップに出入りしているアクアリストからすれば、「まぁ、どこでも見掛けるわなぁ」程度のもので、そうした基本的認識の違い・・・といってしまえば、確かにそれまでの話なのかも知れません。また、その「見分け」に関しても非常に難しいものがあり、よく聞かれるような「色が濃ければワイルドで、薄ければブリード」とか、「色が受け継がれればブリードで、受け継がれなければワイルド」などという見解は、いずれも根拠の乏しいものであるといえましょう。一部のマニアの中には、その時の個体の外観や、自分の水槽の中での限られた回数の繁殖結果だけで、体色の差異などを確定的に語ったり括りたがったりする傾向も見られるようですが、青色個体のみならず、もし、個体のその時点での外観(外から見えている体色や模様)だけで、その要因や発現過程、さらには同色個体との差異を100%断定できるとすれば、それこそ「論文にまとめて学会で発表できるレベル」の話だといえましょうし、食用を含めた世界中のすべての甲殻類研究にとって決して小さくないトピックとなってしまうはずです。ですから「個体の外観だけで素性の違いや発現の要因を見分けることができるのか?」という問いに関しては、少なくとも現段階においては「否」ということになりましょう。 ただ、それならばすべての青色個体が同じ原因や背景によって発現したものなのか・・・となると、そうではありません。外から見える体色は同じであっても、まったく異なる原因や過程によって、そうした体色になってしまうことは幾らでもあるからです。 たとえば青色個体の場合、ペットショップで販売されるなど広く流通している個体は、青い体色が遺伝的にほぼ固定されているものです。もっと厳密にいえば「何らかの理由により通常の体色発現機能が不完全な状態を起こしている」形質が遺伝しているもの・・・だといえましょう。白色個体と比較して同じ系統でも体色差が比較的大きいことなどから見ても「青を持っている」遺伝形質というより「赤を充分に出し切れない」遺伝形質と考える方が現実的かも知れません。もちろん、自然下の棲息地にも、こうした特性を持っている個体群が存在し、埼玉県や新潟県などの一部地域では、そうした個体が少なからず存在しています。これらの個体は、青色の濃淡に個体差こそあるものの、基本的には外部環境や餌などに左右されることなく、ある程度の体長に育つまでは青い体色を維持するのが普通です。 しかし、それならば「青色個体はすべてそういう要因によるものか?」となると、決してそうではありません。餌質(ビタミンA成分の意図的除去)によって体色を変える実験を行なえば、体色が白化して行く過程の中で、どの個体も一時的に青色っぽく変化して行くものですし、飼育時の外部環境(遮光環境など)によって個体が青化するケースも比較的頻繁に報告されるものです。また、自然下であれば脱皮直後に外敵の襲撃を受けたり、飼育下であれば高密度飼育などによって脱皮前後に強烈なストレス要因が見られた場合などは、今まで全く通常の体色だった個体が、まるで「変身」でもしたかのように青化してしまうことも少なくないのです。右の写真は、通常色個体メスの産卵後脱皮を写したものですが、稚ザリを隔離せずに高密度飼育を続けた状態であることや、充分な脱皮スペースがない水槽環境などに起因すると思われる青化を起こしてしまったものです。この時点で、脱皮後約36時間が経過していますが、脱皮前の殻と比較して、全く違う体色をしていることが見て取れることでしょう。 こうした青化の場合、コンディションが落ち着くことによって色が徐々に元へ戻ってしまう場合もあれば、しばらくこの体色のまま生活し、次の脱皮で一気に色が戻ってしまうこともあります。また、(原因がこうしたストレスでなかった場合も含め)体色が二度と戻らないこともあります。ごくたまに発見され、新聞などでニュースとなる個体の場合、遺伝的な理由ではなく、こうした原因によるものであるケースが多いのではないかと思われます。それは、その発見場所を継続調査してみると、大半は個体群でないケースであったり、ニュースで報道された個体を追跡調査してみると、その多くが数ヶ月程度で徐々に色が戻ったり、次の脱皮で色が戻った・・・という結果になっていることが多いからです。 このように、外観からだけでは資質を見分けることが困難ですが、ブリーダーの中には、遺伝的に固定されている(ショップなどで販売されている)青個体と交配させてみることで、遺伝的なものかどうかを確かめる・・・という方法を行なう人もいます。発見された個体が一時的な体色変化でない場合、交配によって採れる仔にも青色が受け継がれるケースが圧倒的であり、逆にそうでない場合、採れる仔はほとんどが通常色となり、青を戻すことが困難になりますから、この結果によってこの個体の変化要因を確かめよう・・・・というものです。これだけで100%断言してしまうには少々乱暴な部分もあるのですが、確かにおもしろい方法ではあるといえるでしょう。 観賞用としてザリガニを飼育する場合、飼う側も必要以上に体色的差異を気にする傾向が強く、ともすると、ちょっとした違いを無理に区分けしてみたり、あたかも新品種でも作り出したかのような取り上げ方をする傾向が少なからず見受けられるのは本当に残念なことです。また、自らの水槽内で起こった現象や、数回程度の追跡調査で得られた感覚を、あたかも「普遍的法則」かのように語る風潮が見られるのも、アクアリストの悪い癖なのかも知れません。他の生き物はともかくとして、ザリガニの場合、この「体色」に関しては非常に複雑かつ多彩な要因が存在し、また、これらの中には科学的に充分な解明がなされていないケースも数多くあるものです。ネットなどにおいて、首を傾げるような価格で売り買いされる「珍個体」が未だ後を絶たないのも、こうした理由があるからでしょう。「できるだけ細かく分けてコレクションしたい」「自分の個体をとにかく特別なものにしたい」という欲求自体はさておき、現実問題として、体色のこうしたメカニズムを踏まえた上で、冷静な判断をすることが非常に大切ではないかと思います。 |