ジャンル:繁殖
「プラケ交配」について


  お尋ねのメール内容    Nさん(愛知県)
 私は、ザリガニ飼育3年目の者です。今、フロリダブルーとアメリカザリガニのゴーストの繁殖をして楽しんでいます。今、飼育中のゴーストは、近くの水路でラッキーにも発見した個体です。ここでは、白ヒゲも時々とれるスーパースポットです。貴著「大人のザリガニ飼育ガイド」、さっそく購入させていただきました。とても詳しくて勉強になりましたが、68ページに書いてある、プラケ交配について不明なことがあり、質問メールをさせていただきました。
 疑問点は、1「メスの水でないとダメなのはなぜか?」、2「プラケ交配でも成功しない場合、今年は繁殖できないのか?」ということです。私の個体は、今年1ペアだけ、何をしても繁殖しない組があります。プラケ交配でも、今日までのところ、交尾していません。他の組は、もう孵化して稚ザリが独立しているのもいるのに、今、この状態だと、今年はもう無理かも知れないと不安になります。大きさは、オスもメスも8センチ以上で、それより小さいペアも、繁殖に成功していますから、サイズ的に子供だからという理由ではないと思います。できれば、今年このペアで繁殖させたいので、どうかご意見を下さい。よろしくお願いします。
お答えさせていただきます
 まずは、「大人のザリガニ飼育ガイド」のご購入、本当にありがとうございます。タイトル的には、著者としても「???」な部分があり、また、誌面その他の都合上、ザリガニを愛するみなさんにお伝えしたいと思い、準備していたことの大半を削らなければならなかった点は本当に残念ですが、それでもいくつかは新しい情報や話題を盛り込めたと思いますので、ぜひじっくりとご覧いただき、ご意見などをお寄せ下さりますれば幸いです。また、今回、残念ながら取り上げられなかった内容や、より具体的な情報などに関しましては、いずれかの機会に稿を改めさせていただく・・・ということでご容赦下さい。

 さて、今回上梓いたしましたこの本の中で、(現時点で)最もお尋ねが多いのが、この「プラケ交配」についてでございます。あの記事自体も、スペースの関係上、かなり端折った内容のものとなってしまいましので、ここで改めてとりあげつつ、お尋ねにお答えしたいと思います。
 基本的な説明は本の方に任せるとして、「プラケ交配」は、今から約20年ほど前、白ザリが爆発的に大ヒットしたころに、当時の商業ブリーダーの方々によって生み出された繁殖方法です。このころの白ザリは、観賞魚系雑誌のみならず、テレビや新聞などでも取り上げられた関係で、一般的なショップ以外にも、たとえばホームセンターのペット売り場やデパートの屋上ペット売り場などでも販売されるようになり、一気に浸透して行きました。この時の盛り上がり方は、今の「ゴースト旋風」など比較にならないほどのものがあったはずです。こうなると、当然、販売業者によるブリーダーに対するオーダー圧は極めて高いものになるだろうことも想像に難くなく、中には「月産500〜800」などというとんでもない態勢で取り組まねばならない人もいたほどでした。こうした当時の事情もあり、個体を生産していたブリーダーからすれば、どうしても計画的に予定を組んで繁殖して行ける状況を確保しなければならなかったのです。しかも、ご承知の通りザリガニ販売のトップシーズンは「夏」ですから、少なくとも6月末ごろまでには孵化させ、夏休みに入るころには、最低でも2〜3センチのサイズにまで仕立てなければならない・・・という制約もありました。多少加温することで親個体の立ち上げを早める策をとったとしても、必然的にすべてを前倒しで進める必要があったのです。おまけに、それをすべて1つの水槽で行なうためには、かなりの本数を割かねばなりません。こういう状況において、月産500という数字をコンスタントに叩き出すのは、かなり大変なことでもあったのです。
 このような状況の中、繁殖水槽が空くまでの間、やむを得ず緊急避難的にプラケへ移し、混育水槽に沈めておいたペアの親個体が、なぜか間を置かずに次々と交尾する・・・という状況が知られるようになりました。当然、プロたちがこうした動きを見逃すがハズがなく、徐々に「意図的な形」で交尾をコントロールするようになります。これが「プラケ交配」の始まりです。
 予期せぬ交尾や繁殖、また、他色個体との交雑などを避けるため、亜成体期の段階でオスとメスとを選り分けることは、昔も今も日常的に行なわれていることですが、ブリーダーたちの間でこの技法が一般化してから何年(白ヒゲの繁殖が始まったころには、私自身、この説を聞いていますので、90年代半ばごろには、ほぼ確立していたと思います)か後、何人かのブリーダーが「オスのストック水槽に沈めておくよりも、メスのストック水槽に沈めといた方が成績がよい」「沈めないで外で掛ける時は、メスを先に入れてしばらくしてからオスを入れる方が成績がよい」というようなことを言い始めます。当時は、何ら学術的にこれを裏付けるものはなく、この説を唱える当のブリーダーたちも「人間と同じで、ザリガニもやっぱり、若いねーちゃんのいっぱいいるところに行った方が燃えるんだっぺ!」的な、ある種の「下ネタ」的なノリでありましたが、21世紀に入って、ザリガニの分野でもフェロモンの研究が進み、メスの発する性フェロモンの働きによって、オスの行動レベルが有意に上昇することが確かめられました。言い方はあまりお上品ではありませんが、まさに、当時のブリーダーの「燃えるんだっぺ」が正解だったのです。飼育という現場と学術的な研究が見事にリンクした典型であるともいえましょう。
 アクアリストの中には、ともすると「目の前の水槽で起こる現実こそすべて」とか「趣味だから楽しむためにやってるのに、苦労して学ぶなんておかしい」という、一見もっともらしい主張を繰り広げる人もいますし、自分が見て回れる極めて狭いフィールド情報だけですべてを断じてしまうような傾向も見受けられます。もちろん、それは1つの主張や手段として認めるとしても、私が思うに、結局それは「歪んだ経験則」であり、大変なことや面倒臭いことから逃げるための「言い訳」に過ぎないのだなぁ・・・とも思えてなりません。水槽から得られる情報も、フィールドから得られる情報も、そして学術的に得られる情報も、すべて同じ「情報」です。ザリガニを愛する私たちは、ザリガニに関することであれば、どんなことでも貪欲に吸収し、活かして行くべきなのでしょうから、目の前のこと、そして身の回りのことも大切ですが、分野外のことや、それを得るために頭を下げたり足を使ったりしなければならないことなどについても、積極的にアプローチして行くべきではないかと思うのです。人それぞれだとは思いますが、ザリガニを本当に好きなのであれば、どんな情報でも謙虚に、真剣に集め、検討して活かして行く方がよいのではないかなぁ・・・と思うんですけどね。

 さて、こうしたことを踏まえた上で、お尋ねの具体的な内容に入って行きますが、ここまでの状況や経緯をご説明すれば、少なくとも「メスの水」「メスの先入れ」という要素に関して、いわゆる「ベター条件」であって「マスト条件」ではない・・・ということは、ほぼご理解いただけると思います。本で、あえて「必ず」と表記したのは「より成功率を高めるという趣旨で指示を」という意向に沿ったもので、オスの飼育水であったり、オスの先入れであったりすることが、交尾を決定的に阻害する要因にはなりません。ただ、オスの活性が上がった状態(興奮した状態)で合わせる方がいいことは間違いないですし、水や入れ順を変えること自体、そこまで困難な変更事項ではないことから、あえて「より有利な方」を選んだと考えればよいでしょう。学術的に確認されていることも含めて考えれば、わざわざ無理にオス先の状況を設定する必要はないと思います。
 一方、プラケ交配でも掛からない状態について考えるに、「オスがアプローチしているのにメスが逃げている」のか、「オス自体が全くアプローチしていない」のかで、原因は全く異なるはずです。プラケ交配とは関係なく、一般的な交尾のシーンを思い浮かべていただけるとおわかりの通り、完全に性成熟し、受け入れ態勢が整っているメス個体の場合、オス個体が近づいてきただけで「棒状姿勢(交尾受け入れのポーズ)」を見せるのが普通で、中には同体格のメスが身体の上に乗っただけでも棒状姿勢をとるメスがいるくらいですから、メスが逃げいている場合、メス自体の産卵準備が未だ整った状態にない、あるいは何らかの理由で他個体に対し強烈な逃走意識を持っているなどの理由が考えられます。メスの繁殖態勢が整っていない段階で交尾をした場合、産卵までの期間は当然ながら長くなります。精包の活性や耐久力を考えれば、この期間は短いに越したことがありません。プラケ交配は、ある意味「メスの逃亡や回避を防ぐために閉鎖環境におく」ことが主眼となりますので、メスが必ずしも100%準備完了の状態でなくても交尾に至ることはありますが、単純に「掛かるかどうか?」ということ以前に、やはりメスの状況をきちんと見極めることが大切だといえましょう。
 反面、オスがアプローチして行かないケースの場合、状況的にはかなり厳しいと考えられます。この場合、考えられるのは2点で、1つは「オス自体が性成熟していない(あるいは繁殖期にない)」、もう1つは「オス自体が相手に対して脅威を感じている」ということになりますが、いずれにしてもこの場合、ペアチェンジをしてオスよりも小さなメスと組んでみることで状況をチェックすることができます。極めて雑駁な判断基準ですが、組み直してもアプローチしない場合は前者が原因、アプローチすれば後者が原因である・・・と考えればよいでしょう。なお、オスの場合も「体長的に充分なサイズだから必ず繁殖活動に参加する」という判断は誤りです。


 7月の段階で交尾が確認できない状態の場合、多くのキーパーは随分と心配されるようで、夏休みに入るか入らないか・・・くらいの時期になると、例年、こうしたお尋ねは数多く寄せられるものです。しかし、実際にフィールドに出て、ただただ個体を採るだけではなく、環境や状況を丹念に観察して行くとわかる通り、アメザリの繁殖は、(地域にもよりますが)9月〜10月ごろにもう一度ピークを迎えるのが普通です。もちろん、中には春と秋の両方で繁殖する個体がいるかも知れませんが、体力的な部分や脱皮頻度などから推察すれば、基本的には年1回だと考えるべきだと思います。となれば、それぞれの個体が、自らの現状やコンディション、そしてその場の環境などを踏まえ、ある程度の選択判断をしているであろうことも充分に推察できましょう。
 高密度収容、そして水質や水温の急激な変化という要素を除けば、水槽という環境は自然下のそれと比較して極めて恵まれた環境であるといえます。そうしたことを考えれば、個体の状況をきちんと見極め、それに合わせた繁殖を行なうことができれば、繁殖が上手く行かない・・・ということはほぼないといってよいでしょう。特に時期が夏前であれば、上手く行かないと判断された段階でスパッと仕切り直し、改めて個体のコンディションを立て直して行くことが一番の近道ではないかと思います。