ジャンル:飼育セッティング
底床材として「ソイル」を推奨していないのは、なぜですか?


  お尋ねのメール内容    Tさん(神奈川県)
 私は、アメリカザリガニとフロリダ・ブルーを飼育しています。個体はショップかネットで購入していますが、ショップやブロ友さんから色々と話を聞いていると、底砂にソイルを使うかどうかで、意見が完全に割れています。絶対に使わない方がよいという意見と、実際に飼育していて問題ないし、体色をきれいに出すためにも使った方がよいという意見です。私自身は、値段が安ければ安い方がいいんで、今のところ大磯砂を使っていますが、ネットに出ている写真などを見てみると、ソイルを敷いて飼っている写真も、かなり多く見ますので、正直、どっちがよいかわかりません。賛成派の方の意見を聞いていると、ソイル自体が餌にもなるし、水がこなれてザリガニも落ち着き、かなりよいそうです。
 佐倉ザリガニ研究所の記事とか、雑誌の記事とか読んでいますと、砂川さんはソイル反対派のご意見のようですが、なぜ反対なのですか? そして、どうしてソイルを使ってはいけないのでしょうか? 今のところ、ソイルに害があると聞いたことがありませんので、よけい反対の理由がわかりません。どうしてソイルを使ってはいけないのか、その理由を教えて下さい。
お答えさせていただきます
 まず最初に申し上げておきますが、私は決して「ソイル飼育反対論者」ではございません。確かに佐倉ザリガニ研究所では、実験ならびにデータ収集目的として何度かソイルを用いたセッティングで飼育試験を行なった経験がある以外、ソイルは使用していませんし、今後も何か特別な理由や目的がない状態で、自ら積極的に選択し、使用することはないと思います。ただ、こうした底床材を含め、様々な使用器具や素材選定の段階から、あれこれと吟味し、自分なりの「ベスト」を作り上げて行くことこそ、飼育の醍醐味だと思いますし、その段階においてソイルを選択することも、決してナシではないと思います。ただでさえ傲慢不遜の謗りを受けているこの私ですから、こうしたこと自体をあからさまに否定すれば、それこそ「アンタ何様?」・・・ってことになってしまうでしょう(苦笑)。あくまで自己責任の範疇において、様々なトライをしてみることは、本当に大切だと思います。

 さて、そのことを充分にご理解いただいた上で「ソイル」について考えてみましょう。今でこそ、シュリンプ飼育の定番素材として広く知られ、巻き替えを含め、様々な商品が販売されているこの素材ですが、元々は水草育成用の底床材として、千葉県船橋市に本拠を持つヒロセペット(株式会社広瀬)さんが開発した「アクアプラントサンド」が嚆矢となります。水質を穏やかな弱酸性に保てるのみならず、水草の生育に適した水の通り道を底床内部に作り出すことができ、濾過を始めとしたバクテリアなども棲息しやすいという、まさに画期的な商品でした。この素材の持つ優秀さがアクアリストの間に浸透し、市民権を得るまでには少々時間も掛かりましたが、今では水草のみならず、弱酸性の水質が適したシュリンプや一部魚種など、様々な飼育の場面で大活躍していることは、もはや申し上げるべくもありません。
 ザリガニ飼育に関してソイルの使用を強く推奨されている方々のご意見に耳を傾けてみますと、圧倒的に多いのが「色がよく揚がる」「餌の代用にもなる」「水槽内のイメージがよい」という点です。弱酸性寄りの水質セッティングをすることで、確かに(特に濃色系の)体色が出やすくなることは古くから知られており、焼成土という性質上、いわゆる「バイオフィルム」の構築もされやすいことから、一見「食べている」ように見えることもありましょうし、原料の土質によっては、ソコソコの「餌」になり得る可能性も、ゼロではありません。
 一方、使用回避を主張する方々のご意見には「弱酸性はザリガニ本来の望ましい水質ではない」「底床部を徹底的に掃除できないのは致命的」などという内容が目立ちます。同じザリガニでも、一部の種では、元々、心持ち酸性に振れた水質の場所に棲息しているものもいますが、基本的に中性以上をキープしたいことや、水質とは一切関係なく、すべての種において底床の汚れがコンディション悪化に直結する危険性を持つザリガニの場合、その粒質上、換水時に底床をゴシゴシかき混ぜながら汚れを除去しづらいソイルには、確かに大きなハンデがあると考えざるを得ません。私自身としては「個体さえ高いカネを払って入手できれば、器具や餌なんて安物でいい。だから餌は100均餌で、底砂は大磯で充分」というような陳腐な意見には賛成できませんが、目に見えるアドバンテージがない上にコストが高い・・・となれば、ソイルよりも大磯砂の使用を薦める方々のご意見にも頷けるものがあります。
 ただ、現在の日本で大手を振って飼育できる諸種を見る限り「少しでも酸性寄りに傾けた瞬間、コンディションが落ちてしまう」というような種は存在していません。その点から考えると「ソイルは水を弱酸性寄りに振るから絶対ダメ」と言い切るのも無理があるように思いますし、それをソイル飼育反対の主理由にするのは説得力に欠けます。望ましい環境であるかどうかという部分とは別に、よほど長期間、しかも極端に振られた場合でもない限り「酸性寄りの水質が直因で急激にコンディションが悪化し、斃死する」ということは考えにくいからです。要は「あくまでコンディション重視で、繁殖を含めて健康に長く飼いたい」と思うなら大磯砂系を、「個体に無理をさせない程度に負荷を掛けてでも、体色重視で行きたい」というのであればソイルを・・・ということでいいのではないでしょうか?

 さて、こうしたことを踏まえた上で、佐倉ザリガニ研究所でソイルを使わない理由ですが、それは「ソイルの場合、その原料並びに製造の過程において、ザリガニの生存に対し非常に高いリスク要因を抱えており、それをキーパーの立場から100%完全にチェックし、取捨選択することが事実上不可能である」・・・という部分があるからです。ソイル使用に関する賛成、反対という意見は数多く耳にするものの、この要素に関しては、推進派の方々からも反対派の方々からもほとんど指摘されて来ませんでしたから、せっかくの機会ですので、ここで触れておきましょう。
 ザリガニの飼育水について考える際、様々な「好ましくない溶解物質」が存在していますが、その中の1つに、鉄(Fe)があります。特に赤サビ(酸化第二鉄)が水中に溶出していると、それが体内を通過する際に鰓に付着してしまい、呼吸障害の原因となります。かなり古い研究報告でも、この問題は数値データとともに発表されており、基本的には0.2ppmを超えると非常に重篤な障害を起こし、最悪の場合、呼吸不全で死に至ることが解明されています。
 以前、あるブリーダーさんのところで何の問題もなく育成され、出荷された成体が、あるショップに入荷して後、1週間後あたりから次々と落ちて行く・・・という事例が連続して発生したことがありました。非常に不思議なことでもありましたので、そうして落ちてしまった個体をいただき、剥いて調べみると、そのほとんどの個体の鰓が赤茶色に変色し、全く機能していなかったことがわかりました。さらに、それを育成したブリーダーさんのところに行った際に、個体を同じように剥いて調べたところ、鰓に変色は全く見られませんでした。このショップでは、(商品名は公表できませんが)シュリンプ飼育の分野で少し名の通ったメーカーが発売する、ある高級ソイルをわざわざ使用しており、その後、入荷した個体を収容する水槽をベアタンクと大磯敷きの水槽に変更したところ、まるで何事もなかったかのように、この不思議な現象が治まりました。私自身、シュリンプに関する知識は乏しいですし、シュリンプとザリガニとでは、基本的にほぼ同じ鰓構造をしていますので、なぜ、シュリンプとザリガニとで異なる結果となったのかは今後の研究成果を待たねばなりませんが、シュリンプ飼育に詳しい方がザリガニに関して説明するものの中に、意外と「?」な内容が多く含まれていることでもわかる通り、シュリンプで大丈夫だから、ザリガニも大丈夫・・・というような安易な判断が極めて危険であることを思い知らされる1コマでもありました。
 また、一部のブリーダーさんやキーパーからは、かなり以前より指摘されて来たことなので、耳にしたことのある方も多いと思いますが、斃死するなどといった「目に見える」形ではなく、見た感じ健康そうに見える場合であっても、ソイル飼育の個体には、概して「足振り」個体を多く見掛ける・・・という指摘もなされています。これも、もしかしたらこの問題とリンクしているのかも知れません。

 本来であれば、この問題も「酸化第二鉄を過分に含まないソイルであれば一切問題ない」ということになります。ところが、観賞魚用として流通しているソイル製品を見回してみると、残念ながら、そこの部分まで徹底されている商品を見つけることは困難です。これは、商品アイテム数に対して、実際にそれを製造しているメーカーの数が極端に少ない(商品ラベルに書かれている販売メーカー自体が商品を焼成したり製造したりしていないケースが非常に多い)ことにより、販売者自体が、その商品の原料素材や採取地、採取状態や焼成過程など、その商品の品質に関する深奥部まで完全に把握しきれていないケースが多いことや、仮に製造メーカーであっても、その原料の品質や仕入れ先にブレが出てくることにより、製造ロットごとに微妙な組成変化が出てしまう可能性が否定できない・・・ということが挙げられます。ひと口に「ソイル」と言っても、非常に多くの商品が出回っていますが、形状や特性、さらには色味などによって、原料となる土が大きく異なるのは当然のことです。中には、鉄分がかなり多く含まれた製品があることも想像に難くありません。ならば、これを調べた上で回避すればよい・・・という話にもなるでしょうが、よほど専門的で詳密な調査ツールでも持っていない限り、水中における含有鉄分の数値などを克明に測れるワケもないことでしょう。今まで全然問題なかった商品が、ある日突然「ザリガニにとっては結構ヤバい」レベルの成分組成になってしまうということも、決して起こり得ないことではないのです。そして、シュリンプや水草において重篤な問題や障害が発生しておらず、商品として欠陥でない以上、こうした部分を詳らかにするよう求めたとて、ショップやメーカーも「困ってしまう」ことでしょう。シュリンプや水草で問題が出ていないのですから、商品としては極めて適正であり、改善の義務も必要性もないからです。
 このように、水質とか体色というレベルではなく、「呼吸」という本質的な部分で、(決して高くはないながらも)リスク要因を抱えている・・・というのが、佐倉で常時ソイルを使っていない最大の理由です。過去、特別の目的でソイルを用いた水槽セッティングを施した場合も、基本的には常に収容個体の呼吸状況をチェックしながらの経過観察でありました。
 シュリンプや水草の世界で見てもわかる通り、ソイルという素材自体は、非常に素晴らしいものですし、これによって一気にジャンルが開けた「功労者」と言っても過言ではない存在だと思います。ただ、ことザリガニという生き物に対して使用する場合、こうした部分に関してもきちんと見極めて行かねばならないといえましょう。ここは、様々な立場の方々がお見えになりますので、安全なものであれ危険なものであれ、特定の商品名などにつきましては公開を差し控えさせていただきますが、もし、ソイルの使用を推奨されていらっしゃる方のお話をお聞きする際、単に「飼ってみた感じ」や「ブランドの優劣」などによって「実際に飼ってみてこれがよかった。これは間違いない」「ウチの個体には、これを使っていて何ら問題が出ていない」というようなレベルの結論に導かれている話ではなく、含有鉄分や原料素材などの性質をきちんと見極め、さらには個体の呼吸状況などもきちんと提示された上で、当初からそれを話題や具体例に挙げながらお話をされていらっしゃるような方の推奨する商品であったならば、大いに参考となる情報として受け止められてよいと思います。