その2 : 「旧友」に会いに・・・
(平成23年2月)
夏休みなどを中心とした期間限定イベントや、何らかの特別企画展示など、動物園や水族館、地域の児童館や科学館などの教育・文化関係施設でザリガニの生体が展示されることは、決して珍しいことではありません。しかし、年間を通じて、しかも数多くの種類を一堂に・・・となると、果たしてどうでしょうか?
三重県鳥羽市にある「鳥羽水族館」は、国内で唯一と言っても過言ではない、ザリガニ類専門の常設展示コーナーのある水族館です。しかも、その展示歴は長く、平成14年に同館で行なわれたザリガニの特別展にまで遡ります。また、ザリガニの担当飼育員でもある芦刈治将さんとは、そのころからの古いお付き合い・・・。まだまだ寒さの残る2月の末、お伊勢参りを兼ねて、久しぶりに「旧友」の顔を見に出掛けました。
鳥羽駅を降りて、海岸沿いに歩いて行くと、鳥羽水族館の大きな建物が見えてきます。近年、あちこちに色々な水族館がオープンしていますが、規模といい内容といい、国内屈指の施設であることは間違いありません。
不肖砂川、日ごろの行ないが悪い(苦笑)ためか、訪問当日は、あいにくの雨空・・・。ただ、お伊勢参りはピーカンの晴天だった前日にバッチリ済ませていますし、見学する施設は基本的に屋内ですから、雨が降ろうが降るまいが、特に何も困ることはありません。やっぱりこれは、日ごろの行ないがいいからなんでしょうか・・・ねぇ(笑)。
入口で受付のお姉さんにお声掛けをさせていただくと、この展示スタート以来の旧友である、鳥羽水族館の芦刈さんがお迎えに出てきて下さりました。仕事中にも関わらず、わざわざこんな中年オヤジをお迎え下さるなんて、嬉しいっていうより、ちょっと申し訳ないなぁ。
平日の、しかもこの雨天での開館直後の時間帯ということもあってか、館内は比較的静かな雰囲気・・・。さて、館内に入り、まずはさっそく、ザリガニ展示コーナーへと向かいます。
あったあった! ここがザリガニ展示コーナー。これだけのスペースが、企画展でも特別展でもなく、常設展示の独立コーナーだっていうことが、ザリガニ命の人間にとっては、本当に嬉しいことですねぇ。
さっそく、展示水槽を眺めてみましょう。
まず、入口中央に飾られているのは、アメザリのカラーバリエーション展示。「ザリレンジャー5」というコミカルな紹介で、島状にセットされた水槽展示に、細かい説明がカラー別につけ加えられています。我々からすれば当たり前のことでも、一般のお客さんからすれば「赤色でないアメリカザリガニ」って、本当に興味深いんですよね! 家族連れや小さい子どもたちが、コーナーの周囲をグルグル回りながら、一色一色の個体に歓声をあげていました。確かに、こういう展示方法もおもしろいかも・・・。
こちらは、通常色のアメザリを展示した水槽です。水槽ですから、当然、側面からも覗き込めますが、里山の小池を模したようなイメージ水槽は、自然の雰囲気タップリ・・・。こうやって上から見るアメザリって、本当に自然の感覚ですね。いかにも水族館らしい配慮が散りばめられています。
そして、メインになる4水槽。スペースの都合で許可種すべては展示されていませんでしたが、手前から、ブルーマロン、原種マロン、ウチダ、ニチザリが収容されており、入口脇にはフロリダブルーが収容されています。
懐かしい旧友その2、ブルーマロン! 久しぶりだなぁ・・・。
この日に展示されていたのは、25センチ強の完全な成体でした。お客さんが見やすくする必要があるため、展示スペースの光量は、一般的な飼育水槽とは比較にならないほど強く維持しないといけません。そのため、展示個体の身体の一部分にはどうしてもコケがあがってしまうものですが、こればかりは仕方ありませんね。
いやぁ、本当に懐かしいなぁ。思い起こせば今から約20年前、このザリこそが第2次ザリ・ブームを牽引した「ヒーロー」だったのです。このメタリックなブルー体色に魅せられて、どれだけ多くの人がザリの道へと入ってきたことやら・・・。20年前のあのブームが、つい昨日のことのように思い起こされさます。それにしても、やっぱり、ミナミザリガニ科はいいよなぁ。
一方、こちらは、隣の水槽に陣取る原種のマロン。当時も、ブルーマロンと比較すると「格落ち」の印象が強かったこのザリですが、個人的には、こちらの渋さの方が好きでした。色がギラギラしていない分、オデコのエッジが余計シャープに見えますものね。稚ザリから成体に育つまでの間の微妙な体色変化や、個体ごとに魅せる独特のカラーバリエーションが、飼育していて本当に楽しいザリでした。
元からザリに興味のある私たちみたいな人間だけでなく、ザリガニに対して特に興味を持っていなかった一般のお客さんでも充分に楽しめるよう、それぞれの水槽の上にはパネル形式で種ごと、グループごとの細かい説明が掲出されています。「へぇ〜、ザリガニって、みんな赤いワケじゃないんだ!」・・・お客さんの真剣な視線が水槽へ、展示パネルへと注がれます。
特定外来生物指定種に関しては、このような説明がきちんと付記され、掲出されています。
「水族館だから当たり前だし、許可だって簡単に下りるんだろ?」
なんて無粋なことを言わないで下さいね。届出や審査、そして許可の手順は、たとえ水族館であっても、一般人からの申請と全く変わることなく、厳格に執り行われているのです。そして、公的な社会的役割を持つ水族館の場合、その適用には、より明確で徹底した遵守が求められているのです。そのような中、マロンなどのザリガニがこうして展示できているのも、水族館のみなさんが、こうした地道な手続き作業をキッチリと行ない、法令に適合した体制を整えているからこそ・・・なんですね。頭が下がります。
さて、お隣はウチダの水槽。こちらは、水槽内にウォータースモークが掛かるという、まさに「深山の湖水」といったイメージです。さすがは「シグナル・クレイフィッシュ」という英名がつけられているだけあって、この距離からでも、中の個体の「シグナル」が、バッチリ見えますねぇ。
そんなウチダさんを、ドアップでパチリ! ニチザリとは明らかに異なる「外人っぽい鼻高な顔」です。私たち人間の心ない放流によって、今じゃあちこちで嫌われ者となってしまったウチダザリガニですが、こんな素晴らしい生き物を嫌われ者にしてしまった罪深さに、心が痛みますね。ただ、ここの個体だけは、本当に平穏で、幸せそう・・・。
そして、奥のもう1本は、ニホンザリガニの水槽です。こちらも、棲息地のイメージに合わせた雰囲気のレイアウトで展示されていますよね。さり気なく覗いて立ち去ってしまうお客さんがほとんどですが、この水槽セッティングで、中のニチザリをコンディションよく維持して行くことが至難の技である・・・ということは、一度でもニチザリ飼育にチャレンジした方であれば、すぐにわかることでしょう。「ただ、飼う」「ただ、展示する」だけでは済まされない、水族館ならではの苦労が読み取れます。
しげしげと水槽を覗いていたら、中の個体がチョコチョコ出てきてくれたので、つい、嬉しくなっての1枚! 先ほどのウチダと比較しても、いかにも東洋人っぽい穏やかな顔つきが愛らしいですね。意外と活発に動き回っているところを見ると、かなり状態よく維持されている感じです。
ただ単に「個体を見せる」のではなく、彼らの取り巻く現状や現実も一緒に伝えられたら、嬉しいんだけどなぁ・・・。ニチザリについてだけは、特別展企画の段階から、そんな部分の話し合いが繰り返されました。そして、その精神は、こうやって今も受け継がれています。これは、ザリガニを愛する人間として、芦刈さん始め鳥羽水族館のみなさんに、本当に感謝したいことですよね!
こうしたパネルを読んだお客さんのうち、1人でも多くの方が、ニチザリを取り巻く厳しい現実について考えていただけるようになれば、こんなに嬉しく、そして有意義なことはありません。
芦刈さんのご厚意で、今回も、展示水槽の水循環システムを見せてもらいました。暗くてわかりづらいかも知れませんが、シンプルな中にも、あちこちに細かい工夫が施されています。「見せるところはしっかり見せて、そうでないところは徹底的に実用面を際立たせる」点や「いかに無理なく、そしてしっかりと効果を発揮させるか?」などという点で、まさに「プロの飼育屋」魂が垣間見えるセッティングだといえましょう。素人キーパーの「器具と能書きは120%、実機能は10%」みたいなシステムとは根本的に異なるところが、本当に興味深いところです。
それでは、通常、公開していないバックヤードに入って行きましょう。
鳥羽水族館では、万が一のトラブルが発生した際に、個体全滅などのリスクを防ぐという観点から、ストック個体は基本的に2ヶ所のバックヤードに分けてストックしているそうです。確かに、そう簡単には入手できない種類もいますから、この考え方は合理的ですね。
殺風景なバックヤードですが、ここではそれぞれの種の個体たちが、種別にきちんと管理されており、定期的に展示個体と入れ替えられています。
特定外来生物指定種に関しては、たとえバックヤードであっても、法令に合わせて厳格な管理がなされています。こうした「見えない努力」が、様々なザリガニの常設展示を可能にしているワケですね! よく、生物に関する規制に関する話が出ると、「博物館とか水族館なんて、名前さえ通っていれば、何でも飼育できちゃうんだろ?」などという批判めいた軽口が聞こえてくることもありますが、現実には、そうした無責任なキーパーよりも、遥かに細かく厳格に、そして丁寧な管理がなされているのです。こうした地道な努力があるからこそ、継続的な飼養許可が下りているのだということを、私たちは絶対に忘れてはなりません。
ある意味、「色気もへったくれもない」ストック水槽(苦笑)。先ほどの展示水槽と比較すると、徹底して実用本位のセッティングになっています。まさに、プロらしい水槽ですね! こういう施設を見て、様々な違いをチェックしたり、その「技」に感動したりするのも、これまたザリを極める上での醍醐味だったりするワケです。
展示スペースでは体色ごとに分けられていたマロンも、ここでは、体色別ではなく、個体サイズ別にきちんと管理されていました。この写真を1枚見れば、ストック個体のコンディションがいかによい状態で保たれているか・・・ということは、一度でもマロンを飼育した経験をお持ちの方であれば、すぐにわかることでしょう。
ちなみに、このストック水槽では、何度も仔が採れています。マロンの仔が採れる喜びは、当時も今も変わりません。
脱ぎたてのマロンの第1胸脚脱皮殻を見せてもらいました。脱いだ殻にもこれだけ色が残っているということは、それだけ充分に栄養が供給され、しっかりした甲殻が維持できていたことを意味します。それにしても、惚れ惚れするようなブルー・・・ですよね。ホント、懐かしい。
芦刈さんが「どうしても外せない仕事が入っているんで・・・」とおっしゃるので、バックヤードを出て一旦お別れし、せっかく水族館に来たのだから・・・と、館内見学をすることにしました。
ザリガニ以外の生物のことは、ほとんど一般社会人程度の知識しかない不肖砂川、綺麗な水槽や色とりどりの展示生体を見ながら、すっかり大感激です。
・・・とは言っても、やっぱり甲殻類の水槽の前に来ると、目つきが変わっちゃうのは、ザリ馬鹿の悲しい性ですな(苦笑)。こちらは、地元伊勢湾を代表する甲殻類、イセエビですね! ちなみに、イセエビの漁獲高が最も高いのは、我が千葉県・・・だと、意味のない意地を張ってみたりして(笑)。
イセエビぎっしりの水槽をジィ〜っと眺めていますと、通る人通る人、だいたい同じようなコメントを口にします。
「あ、見て見て、イセエビだよ! 美味しそ〜!」
さらに、別の甲殻類展示水槽を眺めていて、見つけました! アカザエビ!
この写真が出てきたのを見て、「なるほど、砂川らしいや」と思った方は、よっぽどのザリ馬鹿でしょうね。そう! このアカザエビこそ、今のザリガニの直接的な祖先だとされているエビなのです。比較的水深の深い海に棲息していますが、最近では「手長エビ」という名前で寿司ネタになることもある・・・とか。美味いかどうか別として、俺も一度、喰ってみたいなぁ(笑)。
生体や設備さえ見れば、もう充分だったのですが、一緒にいた家内が「お土産を買いたいからショップに行こう」・・・と。
渋々ついて行って、何気なくブラブラしていたら、ナント「鳥羽水族館限定 コスチュームキューピー・ザリガニ」なる商品を発見! こりゃあ凄いと大感激! さっそく、家内に報告すると、お土産用にと何個か買ってくれました。さすが、常設展示をしている水族館だけあるなぁ・・・。
ちなみに不肖砂川は、このキューピーと、来たら毎回必ず買う、ザリガニのマグネットを3つ、自分のお金で買いました(笑)。
館内放送で「セイウチのパフォーマンスショーがあります!」とアナウンスがあったので、それなら、ちょっと見て行こう・・・と、会場に行ってみると、なんと、ショーを取り仕切る担当トレーナーが芦刈さんご本人で、これまたビックリ! 芦刈さんは、海獣担当がお仕事のメインだとお伺いしてましたし、「外せない仕事」って。このショーだったんだぁ・・・と、感心しながら拝見していました。
んでもってこのショー、「セイウチパフォーマンス笑(ショー)」と名付けられている通り、セイウチたちのコミカルな動きに、お客さん大歓声! 遠足か何かで訪れていた子どもたちなんて大はしゃぎでした。お客さんの笑顔を見ても、本当に幸せそうなショーであることがご理解いただけることでしょう。このショーも、セイウチたちとしっかりとした信頼関係が築けていなければ絶対にできないショーです。これまた感心。
素晴らしいショーも拝見し、これ以上芦刈さんのお仕事を邪魔しても申し訳ないので、帰路に就こうとエントランス前まで下りてきました。すると、何だか不思議なプレートが・・・。
近づいてみると・・・。
日本動物園水族館協会が表彰している「繁殖賞」のプレートだったんですね。
この賞は、今まで具体的な繁殖事例が出ていなかった生き物の繁殖や、よりきちんとした形で、目に見える繁殖成果を残した動物園や水族館などと行った施設に対して贈られる賞のことです。
近づいて、1つ1つ見てみると、ありました!
マロン、レッドクロウ、ヤビーなどといった展示生体でも、きちんと繁殖賞を贈られています。これも、本当に嬉しいことですね。
最後に、もう一度、ザリガニ展示コーナーを覗いてみました。時間もお昼近くになり、このコーナーにもお客さんがいっぱい! ブルーマロンと色アメザリが、特に人気のようです。ニチザリのパネルに、じっくりと目を通しているお客さんもいて、これも本当に嬉しいなぁ。
なんだか、とっても心豊かな気分になって、鳥羽水族館を後にしました。
ひと口に「常設展示」といっても、それを維持するためには、本当に地道で丁寧な努力をひたすら続けて行かねばなりません。「入場料を払っているんだから、そんなの当たり前」というような、幼稚なレベルの話ではないのです。
流行の浮沈によって、ザリガニへの意欲も簡単に上下させる様々な施設の中にあって、鳥羽水族館のこうした常設展示は、私たちに大きな喜びを与えてくれるものではないかと思いますし、ザリガニが大好きな人間の1人として、芦刈さん始め鳥羽水族館の皆様に、心から感謝したいと思います。
「もし、状況が許せば、このスペースもさらにリニューアルして、これからいらっしゃる多くのお客さんに、もっと喜んでもらえるようにしたいと思っているんです」・・・と、別れ際、芦刈さんは笑顔で語ってくれました。これから、ますます楽しみな「常設展示」でありました。