巨大ザリガニの棲む「条件」
ザリガニが成長する手段は「脱皮をする」という行為のみです。そして、脱皮という作業は、ザリガニにとって非常にリスクの高いものであり、しかもそのリスクの高さは、個体の大きさに比例します。つまり、ザリガニが大きく育つことができる(大きい個体が棲息している)水域というのは、ひとえに、こうしたリスクに対する「安全さ」が確保されていることを絶対条件としているのです。
基本的にアメリカザリガニは1+でも充分繁殖はできますので、こうした条件が完全に揃っていない場所でも、累代繁殖をしている場合はあるものです。ですから「そこにザリガニが棲んでいる」ということだけでは、巨大ザリガニが棲める条件にはなりません。「ザリガニがいるところはたくさん知っているけど、巨大ザリガニは見たことがない」「何度も通っているけど、なかなか巨大ザリが釣れない」などという話をお伺いする機会はたくさんありますが、こうしたことを考えると、巨大ザリガニの出現を、単に確率の問題として考えるのには無理があることにお気付きいただけると思います。
これらのことを踏まえて考えると「アメリカザリガニが棲息できる」という必要最低限度の条件に加え、いくつか大切な条件が必要となってくることがわかります。そして、各項目ごとに細かく比較するとわかりますが、中には互いに矛盾し、時には背反するような条件もあります。これには、当初私も随分迷い、悩みました。しかし、状況状況ごとに優先すべきポイントは変わるものですし、どちらも正解だったりするものです。だからこそ、巨大ザリガニ探しは難しくもあり楽しくもあるわけですが、いずれにしても、こうした基礎条件を理解した上で経験をつみ重ねて行くことで、自然とケースごとの「優先順位」「着目順位」が見えてくるものです。
もちろん、捕獲を生業としている方々や、棲息調査を効率的に行なうための「秘伝」をお持ちの方もいらっしゃいますし、非公開を前提に教えたいただいた内容も少なからずございますので、ここで、こうした条件のすべてを公開するわけには参りませんし、そういうものがあるからこそ、聞きかじりの生半可な知識や経験程度では、すぐに「お里が知れてしまう」わけですが、それは、実際に経験しながら追体験し、その差を埋めていただくとして、ここでは、そうした諸条件の足掛かりとなるような条件を4点ほど挙げてみることにしましょう。
注:このページに掲載されている写真は、巨大ザリガニを捕獲した場所とは関係ありません。
1・適度な水深
水深が浅すぎると、鳥や小動物など、陸棲生物からの攻撃にさらされやすくなります。実際に棲息地で観察している方であれば日常的に目撃されていると思いますが、鳥などは実に貪欲にザリガニを捕らえ、そして食べています。水面上から個体の動きが簡単に識別できる程度の深さでは、特に脱皮時など、陸棲生物からの攻撃を避けることことができません。
それなら、水深が深ければ深いほどよいか・・・となると(アメリカザリガニの場合で見る限り)必ずしも100%そうだとは言い切れない場合があります。水深があるということは、それだけ大型水棲生物(日本の場合は大半が大型魚類)が入って来やすく、それだけそうした生物と、生活圏がカブりやすいことを意味します。ザリガニを喰う大型魚というと、バスやライギョなどが最初に思い浮かぶものですが、在来種のコイなども、ザリガニにとって天敵とまでは言えないにせよ、充分以上の脅威となり得るものです。実際、地元自治体によって錦鯉が放流されたため、巨大ザリガニだけでなく、大型個体が全く見られなくなってしまった・・・というような事例報告は決して少なくありません。この場合、脱皮時の大型個体を捕食するというだけではなく、中サイズまでの個体に対する捕食圧が高まったことも要因の1つになりましょうが、いずれにしても、こうした生物の攻撃から身を守れる「安全なエリア」を確保できることが、巨大ザリガニにまで育つことができる大変重要な環境であることは間違いないといえましょう。
国内におけるアメリカザリガニ大型個体に関する報告事例を総合すると、水深は50cm〜1mくらいの範囲が最も数多く出ています。ウチダザリガニの場合は少々話が変わってきますが、アメリカザリガニの場合で考える限り、水深のある大規模な河川や湖などよりも、そこそこの規模の池や沼などで大きな個体が揚がることが多い・・・というのも、頷ける話です。
2・二重底または天然底であること
ザリガニの成体は、基本的に巣穴に潜って越冬します。冬場の低水温期には、どの生物も動きが鈍くなるものですが、その鈍化度合いは生物によって異なりますし、ほとんど動かずにじっとしているザリガニは、鈍化しているとはいえ、それなりに動くことのできる魚たちからすれば、格好のターゲットとなりましょう。掘穴能力の乏しい稚ザリたちは、こうした攻撃から避けるために岩や流木、枯れ葉の陰に身を隠して越冬しますが、それなりの大きさである成体となると、身を隠すといっても、そう簡単に隠れられるものではありません。そのため、成体の大半は巣を掘りますし、逆に、存分に巣が掘れる環境でないと、巨大ザリガニにまで育ち切るのは難しい・・・と考えることもできます。
この点から考えると、コンクリート護岸や底床整備などがされてしまった場合は、状況的にかなり厳しいものとなってしまいますし、いわゆる「親水公園整備」などが、大型になる個体の継続生存にとっては致命的になる場合も少なくありません。底部や水面脇部などが土質であるかどうかというのは、巨大ザリガニが棲息している可能性を推測する上で、非常に重要な判断ポイントとなるものです。
ただ「ならば、公園整備などをした場所はすべてダメか?」となると、必ずしもそうとはいえないケースがあります。いわゆる「二重底」のケースです。
自治体の予算状況や取り組み姿勢などによっても差は出てくるものですが、公園整備はしたものの、その後の管理が充分でない池などは数多く見られます。このうち、池周辺や流入水路上流部などに森林などがある場合、枯れ葉や枯れ枝などが池に流れ込み、そのまま腐りきれずに水底で堆積してしまっていることも多く、そのような池では、本当の底の上に、もう1つ「見かけの水底」ができてしまう場合があります。公園整備がなされていない環境であれば、こうした枯れ枝や枯れ葉も、自然の作用によって土に変わって行ったり、あるいは自然に押し流されていったりしますので、不自然に堆積することもないのですが、中途半端な公園整備によって、ザリガニ程度の生物が存分に行き来できる程度の「漁礁」のような、まさにザリガニにとっては好都合な生活エリアができあがる・・・というわけです。誰でも知っていて、しかも人の出入りも非常に多い都市近郊の公園で、ビックリするような巨大ザリガニが採れる・・・などという事例も、実際に自ら水の中に入って検証してみると、このような「見えない理由」が浮かび上がってきたりすることも少なくありません。
3・深水の葦原や蓮群生地が広がっていること
「二重底」が、縦方向の有効スペースであるのに対し、岸から広がる葦原や蓮類の群生地は、まさしく横方向での有効なスペースであるといえます。脱皮や越冬だけでなく、繁殖や摂食など、ザリガニが日常生活を送る上で「上空から見つけられにくく、水中でも大型生物が入って来にくい」エリアほど、ザリガニにとって好都合なところはありません。中規模以上の池や沼などで、それなりの水深があり、また広さを持ちつつ、葦や蓮などが密生しているような場所は、出入りする魚も、餌になるような小型魚や稚魚が主流になってきますので、ザリガニにとっては一石二鳥となるわけです。右の写真のように、さほど流幅や水深のないような小規模用水路でも、葦などの密生具合は、「居場所探し」をする上で、大きなヒントとなるものです。
1つの沼にいくつかカゴを仕掛ける時に、沼央部のクリアな場所ではなく、枯れ茎を掻き分け掻き分け、立ち入るのもやっとのようなところで沈めたカゴから大きめのザリガニが揚がってくることが多いのは、こうした理由によると考えてよいでしょう。もちろん、これだけを踏まえて「岸辺の方が有利」という結論に導くのは短絡的過ぎますが、脱皮時に障害が起こらない程度の広さを持つ場所が確保できさえすれば、より大型魚の入りにくい、安全なエリアを好むであろうことは推察に難くありません。こうした現象・傾向のあることは、巨大ザリガニ探しでない場合でも、充分に役立てることができます。
一方、棲息域によっては、本当に何もない「ド真中」に沈めたカゴから巨大な個体が揚がってくる場合もあります。むしろ、腰を抜かすような巨大ザリガニは、こういうところの方が多いかも知れません。まさに「出過ぎた杭は打たれない」を地で行くような事例といえましょうが、これも、裏返して考えれば、ある程度の大きさになるまで、しっかりと安全に脱皮や越冬を繰り返してくることのできる場所があったことの証明でもあるわけです。この場合、そうしたクリアな場所に出てきても、自分自身が捕食されたり攻撃されたりするという心配がないと個体自体が判断したからに他なりませんが、いずれにしても「その場所に、どんな大きさのどんな生物が棲息しているか?」という点を考えてみると、ある程度の予想を立てることができましょう。ひとつの池でも「その中に棲んでいる生物の中で、ザリガニの序列はどの位置になるか?」によって、活動範囲や活動場所は変わってくるものです。そういう意味で「ザリガニだけを見る」のではなく「ザリガニを含めた、その池全体の生物相を見る」という姿勢を忘れないでおくことは非常に大切です。
4・棲息密度が高過ぎないこと
カゴ漁や仕掛け網漁などの場合、沈めた時間などでも捕獲できる個体の数に差は出てきてしまいますから、単純な捕獲個体数だけで比較検討することはできませんが、そういう要素は除外したとしても「個体密度が高い棲息域ほど、大型の個体は少なくなる傾向がある」と主張する人は少なくありません。特に、観賞魚ルートで餌用ザリガニを採取している人たちには「目的によって採りに入る場所が違うのは当然のこと。餌用に小さめの個体を採りに行く時と、展示・観賞用に大きめの個体を採りに行く時とでは、採りに入る場所が最初から違う」と断言する方が数多くいます。これは、巨大ザリガニを探す上で、実に大きなヒントとなるものでしょう。
他の生物と違って、ザリガニは誕生から死までの生活史における時間変遷に沿って棲息域が劇的に変化して行くタイプではありません。しかし、それでも多少は「好み」の場所が変わってくる傾向があるようです。また、ザリガニは基本的に集団生活をする生物ではありませんし、相応のテリトリーを持って活動する生物ですから、個体密度が高くなればなるほど、摂食時や脱皮時などでのマイナスも高くなってくるものです。さらに、チームプレーで獲物を追ったり、また、力を合わせて外敵から身を守る・・・なんてこともありませんので、通常の生活をする限り、互いに身を寄せ合う必要性もありません。繁殖時におけるオスとメスとの出会いを除けば、互いの接点が少なければ少ないほど危険性もすくなくなるわけです。
こんな時に、大きな個体と小さな個体とで、どちらが移動力を持ち、どちらが外敵に対する防御力を持っているか・・・という点で考えれば、軍配は簡単に上がるはずです。前項でいう「ド真中」もそうですし、よく言われる「数が採れる場所の、ちょっと外」から大きいのが揚がる・・・というのも、このことが当てはまるものです。
1つ1つの項目ごとに、納得できる部分もあり、逆に、素直に頷けない部分もあるかとは思います。しかし、もしそうであるなら、様々な棲息域に、それこそ何度も何度も赴き、自分の手で個体を採り、データ化して行く作業を続けて行くことで、こうした今一つ釈然としない部分についても、ピーンと納得することがあると思います。ある意味「理解」よりも「体得」が必要であり、そういう部分を「会得」することが、巨大ザリガニに会うために最も必要なことなのではないか・・・と思っています。
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