ザリガニを飼育していて、「トホホ・・・」となる瞬間。結構あるもんです。エアーホースはずれによる酸欠死、脱皮の失敗、そして逃走による「天然ミイラ」。
 でも、それにも増してガッカリさせられるのは、やはり「共食い」でしょう。ついさっきまで元気だった個体が、いつの間にやら無惨な姿に・・・。しかも、それをおいしそうに喰っているのが、これまた自分の大切な個体・・・。もう、誰を恨んだらよいのやら。とにかく、やるせない気持ちになるものです。
 ある・・・ということはわかっていても、実際に起こってみないと痛感できない、そして、実際に起こってみないと対策をうつ気になれないのが、この「共食い」だといえましょう。
 自然の摂理だということも、我々はわかっています。そして、「共食いさせない」ということが、キーパーのわがままだということも、わかっています。ただ、それでも「起こらないで済むなら、起こしたくない」というのが、偽らざる真情・・・。
   ということで、このページでは、こんな「共食い」について、ちょっと考えてみたいと思います。

 なお、このページの作成にあたっては、農林水産省水産大学校 生物生産学科の浜野龍夫先生に御指導を仰ぎました。




ハッキリ言って「自然」なんです!

 共食い・・・というと、いかにもグロテスクで、エゴイスティックで、そしてヒステリックなイメージがあります(よくここまで言葉を揃えたもんだ)。しかし、これは、あくまでも「人間」から見た感覚であって、生きている仲間を食べる・・・ということは、広く様々な生き物を見渡した場合、決して不思議なものではありません。カマキリなんて、交尾を終えるとオスがメスに食べられてしまうわけですから!(ゾゾッ! カマキリじゃなくてよかった!)
 さて、カマキリとは少し要素が異なりますが、ザリガニの場合でも、同居個体を襲撃して食べてしまうという現象は、よくある話です。今回のテーマである「共食い」と呼ばれるものです。これから、このことについていろいろと考えて行くわけですが、まず、一つの「前提条件」として、「共食いは、決して異常な行動ではなく、これをする個体=異常な個体、ということにはならない」ということを知っておく必要がありましょう。所詮は「腹が減れば飯を喰う。その飯がたまたま同じ生き物であっただけ・・・」というだけのことなのです。



彼らが仲間を食べるワケ

 それでは、こうした「共食い」という現象、果たして「栄養」としての特筆した意味合いはあるものなのでしょうか?
 現在、我々は、自分の飼育するザリガニに対し、様々な餌を与えています。もちろん、それらの餌は、大半が「飼ってみた感覚」による基準によって選ばれたものであって、「これだけ与えれば大丈夫」というようなものではありませんし、今後もいろいろな観点からの試行錯誤が必要であるとは思いますが、とにかく、様々な餌でもって、少しでも質の高い栄養供給をしたい・・・という考えには、変わりありません。
 さて、こうしたことを考えた場合、よく売られている「特定魚種向け人工飼料」が、一体どういう形で開発されているかということについて考える必要がありましょう。まず、必ずと言ってよいほど行われるのが「食性調査」です。これは、実際の棲息域に出掛けて個体を捕獲し、その消化器内容物を調べる・・・というもので、これにより、自然下における摂餌行動の実状を把握します。これは、配合栄養素から好反応化要素に至るまで反映されて行きます。次に、その魚種自体の体成分を調べることになります。当然のことながら、
体を形作る要素に近いものほど、与えるべき栄養という点で「上質」だということになり、その成分をよく含む原料を配合することになります。実際に、マダイやハマチなどを養殖する際に与える人工餌料として、同じ魚のイワシの粉末ミ−ルなどを主成分とする飼料が開発されていますが、これも、マダイやハマチなどの体成分を充分に調査し、さらに原料価格を考えた結果、生み出されたものです。
 これらのことを考えると、
ザリガニがザリガニを食べるということは、栄養面で見ても、非常に合理的なものであると考えることができましょう。



食べたい、でも食べられたくない・・・。

 前項の内容は、あくまでも「栄養」という面だけによる考えです。「いいネタ」だからといって、もしザリガニが、お互いを食い合うばかりの状態であれば、当然、生き残って行くことはできません。
 ザリガニに関わらず、一般的に「餌の摂取」ということを考える際、学術的には「cost/benefit」という概念があるそうです。これは、餌を食べようとしている個体について、「対象物をつかまえて飲み込むまでにかかるエネルギ−(労力)をcost、それから得られるエネルギ−(栄養)をbenefitとし、cost/benefitによって得られる数値が小さくなればなるほど、その個体にとって良い餌になる」という考え方です。普通に考えれば、同種・同サイズの相手を倒して食べると言うのは、かなりcostが掛かりますので、割には合いません。相手の脱皮時を狙うというのも、一つの方法ではありましょうが、自然の摂理とは、実にうまいもので、そういったことを回避するため、同じ甲殻類の脱皮周期が同調したりするメカニズムや、脱皮時に隠れるという行動が存在しているわけです。自然下において、ある程度までは仕方ないにしても、ザリガニが共食いによって絶滅しないでいるのは、こうした理由によるのです。



共食いを防ぐ同居マッチング

 共食いに関する基本的な流れは、だいたいつかむことができました。では、実際に飼育する上で、どういう部分に気をつけたらよいのでしょうか? あくまでも「放っておいたら必ず食い合う」ということを前提に考えを進めたいと思います。
 まず、究極かつ明快な防止策。これは
「単独飼育」以外の何物でもありません。「なぁんだ、それなら、このページの意味がないじゃん!」というお言葉、重々ごもっとも。しかし、それだけ「共食い」というものが、彼らからすれば「通常」である・・・ということを忘れてはならないということなのです。裏を返せば、「個体同士を同居させる限り、それが兄弟であれ長年続いているペアであれ、起きるべき時には起きる」という点を忘れるべきではない・・・ということになりましょう。
 同居個体についてですが、「ペア(初組み合わせを除く)ないし兄弟同士の場合、同性同士よりは共食いの率は下がる」というのが、経験に基づいたキーパー間における一般的な見方です。動物の行動は、種を存続するためではなく、自分と同じ遺伝子をたくさん残せるように進化してきたと考えられていますので、これは充分に納得できる話です。また、自分の仔を残したいがゆえに、ザリガニのオスはメスをめぐって闘うことが生まれながらに遺伝子に刻みこまれているわけですから、同性同士の場合、メス同士よりもオス同士の方がトラブルを起こしやすく、そういった意味で、最初のペアはオス1メス2で組んで行く方が、安全かつ確実だといえます。
 ただ、兄弟個体といっても、「稚ザリがウジャウジャ」という状態では、とてもではありませんが、共食いを完全に避けることはできません。また、親子である場合は、稚ザリを食べるケースもグッと減りますが、それでも皆無とまでは言えないのが実状です。繁殖講座でも触れてありますが、
「これ!」と思った稚ザリについては、やはり早い段階で隔離し、単独飼育すべきでしょう。
 次に、サイズの問題ですが、最も安全なのが「同サイズ」であることだと思います。極端にサイズが違う場合は、(小さい方が)食われやすいばかりでなく、怯えからコンディションを崩したり、充分な餌をとれなかったりと、ロクなことがありませんので、この組み合わせは、共食いを語るまでもなく「下策」だということになってしまいます。



明暗を分ける「餌」問題は・・・

 共食いを防ぐ上で、効果的だと思われているのが「餌」でしょう。「充分な餌さえ与えておけば、共食いは防げる」・・・と。
 しかし、実際には、餌量だけで共食いを完全に防げるわけはありません。これは、互いの肉が、それだけ「いい餌」である・・・ということも意味しましょうが、やはり、栄養面で充分ではないと彼ら自身が判断すれば、同居個体を襲って食べてしまうことがあるものです。
 これを最小限に食い止めるには、動物質の栄養だけを充実させても効果がありません。月並みな言い方ですが、動物質・植物質ともに
「バランスよい栄養供給体制を維持する」ということになりましょう。この際、キーパーがよく使う手のひとつに「身代わり餌」というものがあります。ローテーションの中に、(ザリガニではない)甲殻類を組み込むという方法で、このうち最も高い支持を得ているのが、「定番」であるクリルです。ただ、クリルの場合、どうしても保管時の酸化という問題が出てしまうことや、基本的に浮上性の餌であるというのがマイナス要素で、最近はこれに代わるものとして、冷凍エビを用いるキーパーが増えてきました。これは、アロワナ・大型魚系に強いショップで扱われているもので、ショップのオリジナルを含め、数種類が出ています。佐倉でも試してみましたが、なかなか良好な反応で、特に春〜秋の高温期には、こちらが驚くほどの好反応を見せていました。もちろん、単一状態で与えるには問題があるものの、ローテーションに組み込むには、かなりいいものであるといえましょう。



エビ給餌は共食いを助長する?

 よく、餌関連で寄せられる御質問の中に、「エビなんかを丸ごと与えたら、共食い癖がついてしまうのではないか?」というお尋ねがあります。確かに、人間の目から見れば、お互いよく似た同士ですので、「そんなこともありそう・・・かも」なんて考えてしまいますし、私自身、今までそんなことは考えもしないで与えてきていたので、一瞬ゾッとしましたが、よく考え直すと、それで共食いが増えた・・・という実感はありませんでした。
 これについて考えてみると、前述の「体成分を分析した上での餌配合」についての内容が、強い説得力を持ってくることになると思います。マダイやハマチなどを養殖する際に与える人工餌料として、同じ魚のイワシの粉末ミ−ルなどを主成分とする飼料が作られましたが、それによるマダイやハマチの共食い増加は報告されていないそうです。だとすれば、ザリガニの場合、エビを食べるくらいでは「共食い癖」にならないのではないか・・・ということです。生きた状態ならともかく、乾燥したり冷凍したり・・・といった状態でもあるわけですし・・・。
 話は少しそれますが、たとえばカエルの場合、アマガエルとアオガエルというのがいます。小さいころ、田んぼの横で見つけたカエルが、池からだいぶ離れた深い森の中にもいた・・・。「あれ? 同じカエルだ!」となるわけです。もちろん、実際には違うカエルなのですが、普通の人間だと、その違いまでは見分けられません。で、これらのカエル、生物学的にどれくらい離れているか・・・というと、哺乳類でたとえるなら、なんと犬とアザラシくらいかけ離れた間柄だそうです。ウヒャー、全然違う!
 つまり、ザリガニから見て、エビというのは「全然違う生き物」なのであって、その姿格好が、即「ならば、仲間を喰っちゃえ!」にはならない・・・いうことになるのです。いずれにしても、
さほど心配はないということになりましょう。



「襲い癖」って?

 鶏を飼育していますと、時折「殻割り」といって、産んだばかりの卵を次々と割って、中身を食べてしまう個体が出てしまいます。繁殖用鶏や卵用鶏の場合、これは致命的な性格ですから、判明した時点で廃鶏にされてしまうことが多いようです。基本的に「一度味を知ってしまったら、もう忘れられないため、修正ができないから」だということだそうです。
 
これと似た傾向が、実はザリガニにも存在していると言われています。「襲い癖」または「共食い癖」と呼ばれるもので、特にオス個体に多い・・・とされています。一時期であっても同居させなければならない繁殖作業において、こうした個体をどう扱うべきなのでしょうか。
 「襲い癖」という名称自体は、キーパー間で統一されたものでなく、様々な呼び方がなされるものですが、基本的には、「共食いなどで同居個体をたびたび殺してしまう個体」だと考えてよいでしょう。共食い自体は、冒頭でも触れました通り、ザリガニに与えられた「宿命」のようなものでして、仕方のないこと・・・として片付けることもできましょうが、これが「癖」を持つ個体となりますと、成長した後になってからも、ペアリングの相手を襲って食べてしまったり、脱皮後に襲ったりといった、様々な問題を引き起こしてしまいますから、看過できません。
 ザリガニの「襲い癖」については、私自身、詳しく述べられている文献に出会ったことがないのですが、カニなどにおいては、食習慣に対する学習があるのもよく確かめられているそうです。ですから、一たび成功すると、それが「襲い癖」となって残ってしまう可能性があることは否定できません。鶏同様、一度味を知ってしまうと、忘れられないようです。ただ、一方では、前述の通り
「兄弟間における共食いは他個体を標的とした共食いより少ない」というのが学術上での通例だそうです。いずれにせよ、キーパー側からすれば、そのたびごとにゲンナリさせられてしまうので、「何とか避けたい」というのが本音なのですが・・・。



「襲い癖」個体のトラブル回避法

 こうした個体の場合、往々にして「気が荒い個体」ということで一括りにして片付けられがちですが、「気の荒さ」の最たる例である威嚇行動などは、主としてテリトリー争いやペアの維持、卵及び稚ザリの保護などが目的ですから、「襲い癖」とは、少々性格の異なる要素であるといえましょう。
 こうした個体を飼育する場合は、やはり
「単独飼育」が基本(鉄則)です。繁殖に使いたい場合は、あくまでもオス対メス収容比を「1対複数」にし、一つの個体ばかりが追い回されたりしないよう、充分注意して下さい。なお、成功率という点で多少の不安はありますが、メス側に、オス個体よりも大きい個体や、それなりに気の強い個体を準備するというのも一つの方法です。さらに、こうした場合には、経験のあるメスを相方に採用することで、一連の生殖活動をスムースに進ませ、交尾確認後はすぐに隔離することで、同居期間をできるだけ短めにするという「離れ業」もあります。
 餌も、基本的にはバランスよい餌を、すべての個体に行き渡るようにすることが大切で、なおかつ、
餌を投入する場所を複数にすることで、「餌の取り合い」によるトラブル発生を抑える工夫も大切でしょう。





 以上、簡単にまとめてみました。「共食い」は、同居個体がいる限り、どの種であっても、また、いくら努力しても、ゼロにすることはできない要素です。そういう意味では、飼育する側が「欲求を通すために、自然の摂理をねじ曲げ」るようなものだともいえましょう。ですから、細心の注意を払いながらも、「無理して共食いさせない形」にはしない方がよいのでしょうし、共食いが起こる限りは「自分の飼育体制が悪いんだ」と考えてよいのではないかと思います。そう、共食いが発生した時、怒りの矛先は、自分に向けるべきものなのです。