「前から3列目」が見た夢
若松  勉外野手(ヤクルトスワローズ)




 格闘技をやっている知人に聞くと、やはり「体格」は、何物にも代え難い「武器」なのだそうです。重いウエイト、長いリーチ、そして分厚い胸板・・・。どれ1つとっても、それがあるとないとでは、自ずと埋め難い差が出てきてしまう・・・。知人は、「だからこそ、練習でカバーするんです。埋まらないのはわかっているけど、少しでも埋めたいじゃないですか!」といって、静かに笑いました。
 その昔、小学校のクラスに、熱烈なヤクルトファンの友人がいました。遠足でも朝礼でも、並ぶのは前から3列目。ケンカになれば、決まって言われるのが、「うるせぇんだよ、チビ!」という一言・・・。子どもの世界とは残酷なものです。大人の世界では常識である「避けて通る思いやり」など、あろうはずはありません。彼にとって、それは闘いが始まるゴングでもありました。
 でも、天は彼に、決して苦難ばかりを与えたわけではありません。周りの子どもたちがが舌を巻くほどの俊足に、機敏という言葉しか使いようがないほどの、素晴らしい運動神経を与えていたのです。だから、空き地で野球をしていても、彼は数回の「取り取りジャン」で、チームリーダーに拾われて行きました。そして、これまた素晴らしい活躍を見せていました。
 彼は、好んで「1」の数字を使いました。理由は簡単。彼のヒーローである若松選手が背負っていた番号だからです。彼にとっての「1」は、当時の子どもにとって誰もが憧れた、王貞治の「1」ではなかったのです。
 実際、若松選手の動きは「シュア」でした。小さい日本人打者が、大きい外国人投手に立ち向かい、バットを短く持ってクリーンヒットを放つ・・・。その映像は、多くの日本人が喜び、共感するものであったに違いありません。ヤクルトという、当時では間違いない「最弱球団」に身を置きながら、なぜか子どもたちがカードを手放そうとしなかった理由も、きっとここにあるのでしょう。
 時が流れ、小さな大打者は現役を退き、やがて、彼が汗を流し、気合いに震えたチームの監督としてグラウンドへと帰ってきました。元より自己アピールの上手ではない選手ではありましたが、監督になった今でも、しっかりとファンの心をとらえています。バットを短く持ち、シュアな打撃で塁上に立つ・・・。野球の「基本」をしっかりとマスターした人間だからこそ、大げさなアピールをしなくても、ファンはついてくるのでありましょう。
 姿勢正しく構え、バットを短く持つ・・・。何十年経っても色褪せないカードとは、こういう1枚を指すのではないかとさえ、私には思えてしまうのです。



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