喜び、一瞬・・・
辻 発彦内野手(西武ライオンズ)
今、まさに南海ホークスが消え去ろうとするころ、パ・リーグは「西武全盛時代」のまっただ中にありました。各テレビ局恒例の「開幕前予想」では、「どこが優勝か?」ではなく「どこが最後まで西武を苦しめるか?」という話題にしかならないくらいで、見る方も流す方も「今年も、優勝は西武以外に考えられない」という、奇妙な合意ができあがっていたのです。なるほど、エース東尾の去った後を渡辺・工藤・松沼兄弟らがキッチリと埋め、球界を代表する名捕手伊東がこれをリードし、鉄壁の野手陣に清原・秋山・バークレオという長距離砲が揃えば、優勝しない方がおかしいくらいですよね。
そんなライオンズの2塁をしっかりと固めていたのが、これまた「名手」の称号をほしいままにしていた辻選手だったのです。1塁の清原が、当時は決して褒められた守備力でなかったことも幸いしてか、とにかく並の2塁手よりも広いエリアを任され、そして、それを難なくこなして行きました。
当時のホークスには、確かに門田さん以外、「怖さ」のあるバッターは見つかりませんでしたが、佐々木やドラさんなどは、球脚の速いヒットで、塁上を賑わせていたのです。1アウト1塁でこんな打順に回ると、レフトスタンドは、一斉に「スマッシュ・ヒット」を待ち望みました。上手く行けば、門田さんに回せる・・・。門田さんまで回れば、この試合、ひっくり返せるかも知れないぞ・・・。
そして3球目、佐々木のバットがナベの球に食らいつきます。「やった、抜けた!」
でも、レフトスタンドが全員立ち上がって拍手をしようとした瞬間、グラウンドでも、名手辻が、キャッチしたボールを持って立ち上がり、難なく2塁へトスしていました。そして、ボールは1塁に転送され、もちろんダブルプレー・・・。ファンの笑顔は、一瞬にして呆然としたものになり、ライトスタンドでは、もう、次のイニングの応援準備が始まっているのです。辻も、その他の野手も、何事もなかったかのようなそぶりで、ベンチに引き上げて行きます。取り残されたのは、塁上の選手と、レフトスタンドだけ・・・。
彼のプレーは「スーパーキャッチ」というような派手さなど、かけらもありませんでした。いつも「当たり前」のプレーであるかのようにしか、見えませんでした。いや、「当たり前」にしか見えなかったことこそが、彼の「名手たるゆえん」であったのかも知れません。
「あぁ、また辻か・・・」
続々とベンチに引き上げるライオンズ選手の背中を見ながら、レフトスタンドは、大きなタメ息に包まれます。清原の一発よりも、ナベの豪速球よりも、そして豪華な西武投手リレーよりも、南海ファンには痛くて厳しい「当たり前の1プレー」なのでありました。
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