泣き顔のアトム
松岡 弘投手(ヤクルトアトムズ)
同じ在京球団であり、同じセ・リーグ球団でありながら、当時、巨人とヤクルトとの人気差には、どうしようもない大きな開きがありました。今となっては、巨人にない「洗練された都会派球団」としての人気を確かなものとしているヤクルトも、当時は、どちらかというと「巨人を素直に応援できないヘソ曲がり」的なファンに支えられていた・・・といっても過言ではなかったのです。「アトムズ」というネーミングも、子どもたちには、かえって弱々しく聞こえていたのです。
そんなチームにいて、力投を続けていたのが、エース松岡でした。テレビで見るその姿はいかにも弱々しく、今にも泣き出しそうな顔でマウンドに立ち、投球を続けます。王にガッツーンと運ばれた時には、ますます泣きそうな顔をするのですが、なぜか崩れない・・・。知らず知らずのうちに、イニングが進んで行くのです。そして、気付けば勝利投手・・・。子どもたちには、どうしても解せない「ミステリー」なのでありました。
チームは、名前が「スワローズ」になり、徐々に「都会派の赤いストライプ」としてお荷物球団の名前を返上して行くことになるのですが、ペナント戦線に殴り込めるころになっても、松岡投手は、相変わらず泣き出しそうな顔でマウンドに立ち、そして、スルリスルリとイニングを進め、勝利投手をもぎ取って行きました。「炎の・・・」という表現からは、かなり離れてはいましたが、強くてすごいピッチャーであったことに変わりありません。引退後は評論家となり、当時と同じ「泣きそうな」笑顔でスポーツ番組に登場してきますが、ビシッと核心を突いたコメントで、視聴者に訴えかけます。きっとマウンドから繰り出す球筋も、そんな感じであったのでしょう。なるほど、巨人打線が沈黙したはずです。
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