6勝12敗のエース
山内 孝徳投手(南海ホークス)




 悲しいことですが、最晩期のホークスは、選手にも、観客にも、拭おうとしても拭いきれないくらいの「負けグセ」がついていました。前のカードで3タテを喰らって、次のカードの初戦、にこやかな顔をしながらグラウンドでアップをしている選手、そして、それにキャーキャー言っている若いおねーちゃんを見ていると、ちょっと複雑でありました。
 そんな中、一人、レフトとライトとを黙々とランニングしているのが、この人、孝さんでありました。トレードマークのヒゲを真一文字に結んで、何度も何度もダッシュとランニングを繰り返しているのです。
「今日のアタマは孝さんかぁ・・・。ここんところ、やられてばっかだからなぁ・・・」
「向こうは久信だから、今日も苦しいよ・・・」
会話も、どちらかと言えば諦めムード。でも、孝さんのダッシュを見ていると、どうしても期待したくなってしまうのです。そう、彼の黒星は、必ずしも彼の責任だけではなかったからです。孤立無援の戦いの中で、たった1発の被弾に沈んで行く彼の無念を、何度も何度も、本当に何度も目にしてきたから・・・。
 かくして試合は始まり、若武者渡辺の前に、ホークス打撃陣は、無惨な内野ゴロとフライの山を築いて行きます。そして、所沢の夕陽もどっぷりと暮れた5回裏、秋山が、バークレオが、無念の「花火」を、ホークスファンに見せてくれるのです。
 杉浦監督が球審のところへ歩み寄り、ウグイス嬢の声が球場に「ピッチャー、矢野」を告げる時、孝さんは、やっぱりヒゲを真一文字に結んで、マウンドを後にするのでした。これで、6勝12敗・・・。
 それでも、孝さんは、やっぱり「鷹のエース」でありました。西川・藤本修・加藤伸と、若武者が黄色い声援を浴び、スポーツニュースでチヤホヤされようとも、やはり「エース」は孝さんでした。彼がヒゲを真一文字に結んでマウンドに立つ時の威厳は、当時のホークス投手陣の誰もが真似し得なかったものだからです。
 「ええぞ〜孝徳ぃ〜、西武はこん次しばいたれぇ〜」
 関西から来たらしい観客が、慰めにしては少々荒い声援を飛ばしています。そう、次がある。次は、きっと門田さんがやっつけてくれる・・・。観客を素直にそんな気持ちにさせてくれる、そんな熱いハートが、彼にはあったのです。だってそうですよ! 孝さんは、鷹のエース・・・なんですから。



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