静寂の「瞬間」
村田 兆治投手(ロッテオリオンズ)




 80年代半ばから90年代初頭までの間、川崎球場にはずいぶんと通いました。ある時は大学をサボり、ある時は無理な用事にかこつけて、川崎駅を降り、市役所通りを歩きました。駅から歩くあの道は、その日の試合の先発を分析し、展開を予想するには、ちょうどよい距離だったのです。気の合う仲間と、ああだこうだと野球談義に花を咲かせ、ちょうどひと段落するころになると、右手に川崎球場のウチワのような照明塔が見えてくるのです。入場券売場の上に掲げられている貧相な対戦カードの看板も、私たちに「気合い」を入れるちょうどいいスパイスでした。
 そんな球場のマウンドで、我らが南海ホークスの前に毅然と立ちはだかるのが、この村田兆治・・・。「立ちはだかる」という形容以外には思いつかないほど堂々と、そして凛々しいその姿は、男惚れ以外の何物でもありませんでした。決してカッコよくない、でも、最高にカッコいいあのフォームから投げ下ろすフォークは、佐々木を、湯上谷を、そしてドラを叩き潰して行くのです。そして、我らが門田が打席に入った時、球場は、いつも異様な空気に包まれました。寡黙な2人の、気合いと気合いが火花を散らすその瞬間・・・。それは、あまりにも古臭く、でも、あまりにも見事な「果たし合い」でした。元より黄色い声援の少ない川崎球場ではありましたが、こんな時に「村田さぁ〜ん」なんてやられるのが、同じ観客として、恥ずかしく思えるくらいだったのです。「うるせぇ、男と男が、プライドを賭けて闘っているんだよ! ヤワな女は、引っ込んでろ!」・・・みたいに。
 球の握りは丸見えでした。今なら、即座にコーチの「指導」が入るくらいに・・・。でも、彼にそんなことを言うのは、きっと野暮だったはずです。打者たちは、口を揃えてこう言いました。「来る球はわかっているのに、打てないんだ」・・・と。これこそ村田の、村田たる所以だったのでしょう。



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