〜改訂新版〜


Step-2

「デトリタス」に固執する危険性



 これは何もザリガニに限ったことではありませんが、およそすべての飼育生物の「餌」というものを考える際に、まず最初に着目せねばならないのは、「自然棲息下において、彼らが主にどういったものをどのようにして、どれくらい食べているか」ということであろうかと思います。昨今の観賞魚業界では、もはや流行を通り越して定着の域に達した感すらある「魚種別専用飼料」についても、飼料メーカーは、まずその研究の第一歩として、そうした魚種の自然下における食性検証から始めるものですしね。その時には、「現地でその魚をランダムに捕獲しては即座に解剖し、消化器官内の内容物をサンプリングする」という、我々キーパー側からすると、それこそゾッとするような調査も、決して珍しいことではありません。もっとも、この「消化器官内容物分析」は、「どれだけ生かすか?」ということだけしか考えないキーパーの立場だからこそ背筋が凍るだけで、生物学上の調査としては、ごくごく一般的な調査パターンの1つですし、そうした研究があるからこそ、素晴らしい飼料ができあがってくるのですが・・・。

 さて、ザリガニの場合どうかと申しますと、もちろんそうした大手飼料メーカーが動くことはありません(ここがマイナーのつらいところですね!)が、生態や養殖に関わる文献では、彼らの食性について実によく触れられています。それによると、ザリガニの主食は「デトリタス(腐植)」だということになっています。デトリタスというのは、水中の植物などが微生物の作用により高栄養化したもので、簡単に言ってしまえば、「腐った葉っぱ(厳密には、ちょっと意味合いが異なるのですが、ここまで首を突っ込むとドツボにハマりますので、今回は省略)」ということになります。
ザリガニは、このデトリタスを主食とした雑食性であり、その食性範囲は非常に広いという認識が、ごく一般的なものと考えてよいでしょう。

 主食がわかれば、当然、それを用意すべきということになりますが、実のところ、これは我々キーパーにとって、非常に難しいといわざるを得ません。今から十数年前、あるメンバーが、この「デトリタス主食」にこだわり、水槽内での再現を目指したことがありました。「デトリタス作成水槽」などという奇怪な水槽セットを作り、あらゆる水草や落ち葉を試したり、河川の水を混和させたりと、本人は相当ネバったのですが、終ぞ納得の行く「デトリタス」を作ることはできなかったのです。
 ただ、もし、仮にこれが上手く作れたとしても、餌として実用化することは難しかったであろうと思います。あくまで「泥葉」相手のこと。投入前の管理はもちろん、投入後のケアまで万全にはできないだろうからです。

 自然下においてデトリタスが形成されるためには、形成するべきデトリタスに対して、圧倒的な大水量(流量)による不要(有害)物質除去と、すでに充分な活動力を持った微生物群による存分な活動が必要であって、また、それをフォローできるだけの安定した環境と応分の時間とを必要とします。もし、栄養面で充分であり、かつザリが好んで食べるというデトリタスを作るのであれば、少なくとも棲息域と同じくらいの規模による安定した水界を作るぐらいの覚悟は必要でしょう。だから、単に「水草や落ち葉を腐らせればよい」というのとは、ワケが違うと考えていいと思います。「腐る」ということと「発酵させる」ということとは、作用的に似ていることであっても、意味合いは全く異なることを理解しないとなりません。

 このことについては、養殖文献の中にも、実に面白い記載があります。稚ザリの育成において、その個体保護(共食い防止の待避スペース)を兼ねた餌として、ヒースの投入という手段があり、現地養殖場でも一般的に用いられていますが、この条件として、
「必ず干草の状態にし、生草の状態では投入しないこと」という項目があるのです。植物の中には、生草の状態だと有害な物質が溶出するものもあり、ヒースがこれに当てはまるかどうかは定かでありませんが、水草投入による稚ザリなどの突然死事例の原因の1つには、この現象によるものも含まれているとされています。また、仮に「その要因はなかった」としても、飼育池など、閉鎖的に環境における急激な植物の腐敗は、水質の変化だけにとどまらず、溶存酸素量にも深刻な影響を及ぼします(腐る過程で、水中に溶けている大量の酸素を消費してしまうのです)。養殖レベルでさえそうなのですから、水槽レベルでは「何をかいわんや」でありましょう。

 確かに、飼育生物の中には「それしか食べない」ものも多くいます。ちょっと前の話になりますが、日本に初めてコアラを輸入することになった時、餌であるユーカリの生葉をどう調達するかで、飼育関係者がずいぶん苦心した話は有名ですよね。そう考えれば、「主食」というものは、飼育にあたりあくまでも欠かせない要素にはなります。
 しかし、ザリの場合、「デトリタスしか食べない」わけではありません。むしろ、デトリタスと小魚が一緒にあった場合、小魚の方を補食するケースも多く、そういう意味で、ザリの主食であるとされるデトリタスは、コアラにおけるユーカリの生葉のような積極的意味合いを持ったものであると考える必要はないのではないでしょうか。従って、
デトリタスに固執しなくとも、充分彼らの栄養をサポートできるわけで、我々キーパーの飼育規模からすれば、無理にこだわった結果、環境に異変をきたして個体に負荷を与えるよりは、ある程度妥協する姿勢を持つ方がよいのではないかと考えてしまうのです。