〜改訂新版〜


Step-1

「喰う餌=いい餌」という考え方



 ザリガニの飼育について情報を集めたり、あるいはキーパー同士で情報を交換したりする時、みなさんは「餌」というテーマについて、どういう内容の話をされているでしょうか? どういう要素や条件をもって「いい餌」「悪い餌」というものを判断し合っているでしょうか? まず、すべての情報を検討して行く前に、餌の善し悪しに関する根本基準の問題について、1つ問題提起をさせていただきたいと思います。

 毎年、特に夏休みなどになりますと、全国各地でザリガニに関する様々なイベントが開かれ、中には、いわゆる「講師」役として駆り出されるJCC古参メンバーや学術関係者、ペット業界関係者の方々もいらっしゃいます。また、ショップなどのイベントや企画、さらには勉強会や懇親会などに呼ばれる場合もあり、当然、そこではザリガニの「餌」に関する話題や質問なども出てきます。
 そういう立場で活躍されている方々が、この「餌」というテーマに関し、口を揃えて語る内容があります。それは
「餌に関する問題だけは、それぞれの人の飼育レベルとか趣向によって、善し悪しを判断する基準が全く異なる」ということです。これは、いったいどういうことでしょうか?

 餌の善し悪しを選ぶ条件には、実に様々なものがあります。やはり、最終的に最も大切なことは「栄養構成」や「投餌体制」になると思いますが、1つには「価格」もありましょうし、飼育である以上、食べる姿を見て楽しみたい・・・という観点から「餌喰い」という要素も少なからずあると思います。「管理、保管の手軽さ」や「入手のしやすさ」もあるかも知れません。もっといえば「飼育水に対する影響度」という観点も挙げられてくるでしょう。これら様々な要素の中から、どのような部分を重視して判断しているかが、キーパーの趣向や経験、興味度合いによって大きく変わってしまう・・・ということなのだろうと思います。

 価格の問題については後項で改めて取り上げることとし、ここでは、餌の善し悪しに関し、意外と多くの方が勘違いをされていることを1つ、取り上げようと思います。それは
「餌喰いの善し悪しと餌自体の根本的善し悪しとは、全く相関関係を持たない」ということです。これは、ザリガニのみに限らず、観賞魚全般、いや、犬猫や鳥類、小動物までを含めた、ペット全般における餌の問題に当てはまることでしょう。

 確かに、飼育という現場において、個体が餌を食べている風景を眺めるということは、欠くことのできない大きな楽しみの1つです。また、自分の準備した水槽環境において個体が餌を食べてくれるということは、それだけで1つの「安心要因」となるはずでしょう。その証拠に、是非論は別として「アロワナを飼っていて、餌金を一発で仕留める姿を見ているのは、たまらなく楽しい」という声を、アクアリストならば一度は聞いたことがあると思います。ここまで来ると多少極論の域かも知れませんが、せっかく自分の水槽に入れている以上、肝心の摂餌シーンを見れないということは、確かに少し寂しいことかも知れません。いきおい「よく食べてくれる餌=いい餌」「反応が鈍い餌=ダメな餌」という安易な価値判断に流れがちとなるワケです。

「この餌は、値段が高い割に喰いが悪い。高くて反応悪いなら、意味ないよ・・・」
「俺の使っている餌は安いし喰いもいい。あれは本当にいい餌だ」

こんな感じの発言を、オフ会などで耳にしたことはないでしょうか?

 こうした発言は、確かに、一見もっともらしい話なのですが、冷静に考えてみるとわかる通り、これは残念ながら大間違いです。なぜなら、特に冷凍飼料や配合飼料などの場合、根本的な栄養構成とは一切関係なく、
材料を少しいじるだけで反応度合いはいくらでも上げることができるからです。
 ザリガニの場合、反応の高低は主として蛋白質系比率の高低に大きく左右されます。また、どちらかといえば眼ではなく触角、視覚ではなく嗅覚で餌を感知する傾向の強いザリガニの場合、形よりも匂いに対して反応は敏感となります。具体的にいえば、
動物質系素材や発酵系素材を強めに使うことで、その餌の本質とは全く関係なく、餌に対する個体の反応を簡単に上げて行くことが可能なのです。たとえば冷凍飼料であれば、基本資質がどうであろうと、味噌とサナギ油あたりを混ぜ込むだけで、反応は段違いに上がります。「餌喰い」とは、所詮こんな程度のレベルの話なのです。
 ザリガニのみならず、広くペットの世界において、こうした話題になった時、よく、自分の食事観を引き合いに出しながら「喰いたい・・・と思うのは、何よりも身体が求めているからだ。だからこそ、その個体が喰う餌というのは、その個体の栄養欲求に合致していることを意味するんだ」という説を主張する人がいます。確かに、それは間違いありません。しかし、もしそれが本当だとすれば、人間は毎日焼き肉を食べ、カレーライスを食べ、そして、少なくともサプリメントをわざわざ購入して飲み続ける・・・ということは絶対にないと考えてよいでしょう。「食欲志向」と「栄養補給」は、必ずしも100%合致しないものなのです。

 同じ「食べる」という動作のためのものであるにも関わらず、ペットを飼うための餌として、釣り餌を使う人はほとんどいません。また、同じ日本を代表する飼メーカーである「キョーリン」社と「マルキュー」社でも、商品開発の基本コンセプトは大きく異なっています。それは、なぜかといえば「目的」が違うからです。
「育てる」ことと「喰わせる」こととは、全く異なるものです。本当にザリガニを愛し、真剣に極めて行こうとするのであれば、まず、この点をしっかり踏まえておくことが大切なのではないでしょうか?

 先日、ある大手観賞魚飼料メーカーの研究員の方とお話をする機会がありました。そこで、その方が、このようなことを語っていらっしゃいました。
「喰わせる餌だけなら、いくらでも作れるんですよ。正直、薬剤でもいじれるくらいです。逆に、低価格帯の餌だったり、汎用系の餌であればあるほど、それに重きを置くようにしないと売れない。実際、そうやって作っているのも事実です。使うのは圧倒的にビギナーですから。でも、プレコ用にしてもらんちゅう用にしても何にしても、専用飼料になればなるほど、その兼ね合いが難しくなる。いくら喰ってくれても、個体の成育でいい成績が出せなけりゃ、腕利きのマニアにはあっという間に見抜かれちゃうから。金魚の餌なんて、その典型じゃないですか? ビギナーとベテランじゃ、使う餌から値段から、全然違う。本気で飼ってる人間が相手だと、餌の品質という点で、ビギナーと違って、結局喰いだけの問題ではごまかしきれないんですよね。いい餌を作れば、少々値段が高くても売れるんです。でも、そっちで理想を追求し過ぎると、今度はビギナーがついて来れなくなっちゃう。そういう人は、喰わせる技術を持ってないから、喰わないことをすぐ餌のせいにするし、そうなると、喰わない=ダメな餌 っていう結論に落ち着いちゃうから・・・。上の人間からは、少しでも広く、多く売れる餌を作らないといけないと言われるんですけど、どっちの層にも売れるような餌を作るのって、本当に難しいんですよね」

 その時、私は「これは、本当に大切な問題を包含している発言だなぁ・・・」と思いました。ただ単にザリガニをコレクションするだけならまだしも、少なくとも、真剣にザリガニと向き合おうとするならば、
「喰わせる技術」という部分を考え、身につけない限り、本当の意味での「理想的な投餌体制」など構築できるはずがないからです。実際、ザリガニ向けとして販売されている低価格配合飼料の中には、「これだけを単一で与えていては、どう考えても長期飼育できないだろう」と思われるほどの高蛋白素材構成のものや穀物による嵩増しなどが見受けられるのも事実です。

 自然下に棲息している個体は、空腹状態こそが日常の状態であり、そういう意味で考えれば、飼育下の個体よりも遥かに高い反応度合いを見せるのが普通です。飼育個体の場合、その点だけでみれば極めて恵まれた環境にあり、そんな状態にいる個体に対し「それでも喰わせる」ためだけに餌質を検討したり改変させたりする・・・のだとすれば、それはかなり不自然なものであることは容易に理解できることでしょう。そして、そのことを以て「善し悪しの基準」とするのは、判断材料としては、あまりに不合理であるといわざるを得ません。
 栄養構成を吟味した内容の餌であったり、それを考慮した投餌構成であるとするならば、
喰わないのは餌のせいではなくキーパーの腕のせいです。餌が悪いのではなく、喰わせ方が悪いのです。もし、本当にザリガニを育てるために飼育したいと考えるのであれば、まず、この点をきちんと踏まえることが大切なのではないでしょうか?