繁殖講座 補講(その2)
親の引き離しについて
孵化後、独り歩きが始まってからしばらくは、親ザリと稚ザリとの、ほほえましい光景を目にすることができます。親の背中やハサミの上を、怖がりもせずにチョコチョコと歩き回る姿は、眺めていて一向に飽きません。しかし、だからといっていつまでも一緒に収容しておくわけにも行かず、その引き離し時期には、いつも頭を悩まされます。今回は、この点について触れてみましょう。
どちらを重視する?
ヤビーの場合で見てみると、つい最近までは「親が繁殖終了後に一度脱皮するまでは、一緒にしておくべき」という考え方が主流でした。しかし、最近になって出てきた養殖文献などによると、食害を理由にこのやり方を否定するものがあり、「稚ザリの独り歩きが完了し次第、ただちに引き離すべき」ということが唱えられることもあります。これらの相反する考え方について、私たちはどのように考えるべきなのでしょうか?
まず、前者については、「第2成長群以降の個体について、じっくりと親の保護を得られる」というメリットがあります。孵化後よく観察するとわかることですが、同じ稚ザリでありながら、さっさと親を離れて、どんどん歩き回って行く「しっかり者」がいたかと思えば、かれこれ1カ月近く、親の腹肢の周りを離れたがらない「甘えん坊」もいます。一般的には、独り歩きの早い個体の方が、より早く成長する(第一成長個体群になる)傾向が高いのですが、仮に体色などを基準として選り抜きをしたいと考えた場合、第二成長個体群以降の個体についても、馬鹿になりません。
従来語られてきた、この「脱皮終了まで引き離さない」という説は、「無理に引き離すと稚ザリの残存率が下がる」という理由によるものでした。これは、具体的な数値データを伴うものではなく、あくまでも「経験的に出たもの」ですが、確かに、半ば強制的に引き離した場合、親の腹肢の周りを離れたがらなかった稚ザリには、大きなプレッシャーとなるはずですので、あながち「根拠なきもの」とは言い切れません。
一方、後者の場合についてですが、これは「親による稚ザリの捕食防止」という点に尽きるでしょう。ある養殖場では、孵化直後の親ザリをネットに入れて養殖池に沈め、ころ合いを見計らってネットを引き上げるという方式をとっているところがあります。これならば、独り歩きを始めた稚ザリはネットの目をくぐって外に出ますので、閉鎖的な環境での食害にあわなくて済むわけです。問題は、「本当に親ザリが稚ザリを捕食するのか?」ということですが、現時点では、「そういう個体もいるし、そうでない個体もいる」ということまでしかわかっていません。佐倉のペアたちを見ていても、甲斐甲斐しく面倒を見るオスがいたかと思うと、稚ザリがしがみついている餌を、そのままバリバリ食べてしまうメスがいたりします。ですから、自分が繁殖に使うペアの性格を知ることが最も重要なのでしょうが、とにかく第一成長個体群を確実に育てたいとするならば、後者の方が有利だ・・・とも言えましょう。いずれにせよ、どちらをメインに考えるかで、方法論は変わってくると考えるべきだと思います。
ペアで移すか、それとも隔離するか?
さて、親の引き離しについてですが、水質変化に対する適応能力という点で考える限り、収容水槽をあけ渡すのは、稚ザリではなく親ザリの方がよいでしょう。「稚ザリ用にと新品の水槽を立ち上げ、水を回してから稚ザリを移したら、なぜかバタバタと落ちてしまった」という事例を、以前耳にしたことがあります。「女房と畳はなんとやら・・・」という格言は確かにありますが、稚ザリについては、まず当てはまらないと考えるべきでしょう。
親ザリを移す際、問題になるのが「ペアを継続させるかどうか」という点です。特に、脱皮前後となりますと、たとえペアであろうと、かなりナーバスになるものですし、こんな時に攻撃されたら、ひとたまりもありません。ですから、基本的には別々に隔離した上でじっくりと体力を付けさせ、改めて組み直す方法をとることが無難であろうと思います。一度ペアを組んだ個体ならば、(果たして互いを覚えているのかどうかはわかりませんが)2度目以降はすんなりと行くケースが多いようです。
もっとも、長年連れ添ったペアなどになりますと、そのままの状態で2匹飼いしていても、なんら心配のないケースは多分にあります。日ごろからピタッと寄り添っていたりなんかしていて、脱皮をしても攻撃しないので、これぐらいになれば無理して引き離す必要はないでしょう。もちろん、引き離せるかどうか「明確な線引き」は存在しませんから、こればかりは、一つ一つのペアを充分に観察しながら試して行くしかありません。
なお、繁殖後の脱皮を終えていない個体であれば、水質や環境の変化が、格好の脱皮要因になりますので、特に気をつかわずに移すことができます。ただ、脱皮直後ですと、これが逆にストレス要因になってしまいますから、温度一致はもちろん、多少の合わせ水はしておいた方がよいでしょう。ヤビーは非常に強い種ですので、たいていはクリアしてしまうものですが、これがクリアできなかった場合、待つのは「死」のみです。できることは、やっておいて損はないと思います。